逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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友人が参加する 絵本ライブ 
ものがたりの世界にはいりこむ不思議な時間 

 
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2017.4.29(土)

春まっさかり!ちょこれっと絵本ライブ@丸善京都本店開催


春まっさかり!みなさまと共に、心躍るお話のたびへ。
絵本と音楽の玉手箱「ちょこれっと絵本ライブ」@丸善京都本店、開催です。
みなさまふるってご参加ください!


日時:2017年4月29日(土)
   ①14時から14時30分 ②15時から15時30分


場所:丸善京都本店(京都市中京区河原町三条下がる 京都BAL内)
   地下1階 児童書売り場

参加費:無料


http://kurinoki-note.sakura.ne.jp/index.html



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# by anzu-ruyori | 2017-04-26 23:17 | アート


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東北記録映画 三部作 「なみのこえ」「うたうひと」をみた。

「うたうひと」は、東北の民話を「語るひと」 と 「聞くひと」を 静かに撮影した作品。

私は、その姿に釘づけになった。「魂 もっていかれた」。ずっと きいていたいと思った。

「語るひと」は三人。
伊藤正子さんは、ちょっとこわそうなおばさん。
佐藤玲子さんは、ちっちゃなおばあちゃん。子どものころ「母ちゃん 昔かたって 昔かたって」といって聞いたお話を語る。
佐々木健さんは、70代の大きなおじさん。40代半ばになって、とつぜん子どもの頃にきいていたお話を思い出したそうだ。その大きな体の中にしみこんだお話が「あふれてきて」語りだしたという。

みなさんが100~200以上の昔話をかたることができるそうだ。

「聞くひと」は小野和子さん。40年以上にわたって、東北の昔話を収集されている。
その穏やかなまなざしと静かな声が、語るひとによりそっている。

この映画には語る人の言葉の字幕はない。「字幕があったほうがいいのでは」という人もいたが、私は不要だとおもった。
ききとれなかったり、方言が、わからなくて、お話がわからなくなっても、まったく気にならなかった。ただ、その語りにゆられているのが気持ちよかった。
きっと、子どもがおばあさんにお話をきいていたときも、よくわからない言葉があってもそれをいちいち尋ねることなく、語りのリズムにゆられてきいていたのだと思う。

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小野和子さんの「みちのく民話まんだら、民話のなかの女たち」を読んだ。(園部図書館 蔵書)
これは、小野さんがお聞きした民話を採録し、「あと語り」として小野さんの解説がつづく。

「うたうひと」でも語られている「猿の嫁ご」は、小野さんがはじめてきいた民話。

::::::::::::::::::::

「猿の嫁ご」

  むがすむがす 娘三人もった親父ぁいで、田さ水掛けにいったど。
  掛けても掛けても 水、溜まんねぇぐて、
  「これでは田植えもできねぇ。だkれか、この田さ水掛けてけねぇべかな。
   娘3人あるから、ひとりくれてやってもいいが・・・」って独りごと言ったっつも。

  したっけぇ、ほれ 山から猿ぁ 出はってきて、

 「おれ、水掛けて、いいあんべぇにしてけっから」って
  たちまち、さんぶりと水掛けてくれたどっしゃ。

:::::::::::

親父は猿に娘を嫁にやると約束してしまう。家に帰って 娘に「お前、猿のどこさ嫁ってけねぇが」ときくが、
上の娘も中の娘も いやだという。ただ、末娘が承知して、迎えにきた猿といっしょに山にいってくれた。

やがて 節句がきて 里帰りとなり、娘は猿に餅をついて親父さまにもってかえるという。
猿は、一生懸命 餅をつく。娘はその餅を臼ごと 猿に背負ってもってかえれという。
猿はよしわかったと、臼を背負って山をおりていく。途中、川っぷちの藤の花が見事に咲いている。

:::::::::::

「あらまあ たまげて美しいこたあ。この花採っていったら、おら家の親父つぁん、なんぼか喜ぶべなぁ」

「ほだら、採ってくべや」

猿は背負っていた臼を下ろすべとしたら、

「あらぁ、そだなどごさ置いたら、おら家の親父つぁん、土臭ぇつって、食ねべな。
 臼背負ったまんま、採ってござい」

っていうから、猿は、臼 背負ったまんま 藤の木さのぼっていったどしゃ。

「この枝、いいかあ」
木の上から聞くと 娘は
「もすこし上の、いいなぁ」
「んでぇ、こいついいかぁ」
「もすこし上の、もっといいなぁ もすこし。もすこし・・・」

猿は上へ上へと、のぼっていったれば、臼の重み、猿の重み、藤の枝、ぼっきんと折れて、下の川さ落って、そのまんま流れていったどしゃ。

流されながら、発句、詠んだっつもなぁ。

 猿川に落ちる命は惜しくない
 あったらお前を後家にするがや

娘はそれを聞いて
「ばか猿やぁ だれぇ 後家になるけやぁ」
って どっとと家さ帰っていったどしゃ。

 こんでよんつこもんつこ さけたどしゃ

::::::::::::::::::::::::::

面白いはなしだけど、流されていく猿が、あわれで、ちょっとひどい娘だなと思わないではなかったが、
おばあちゃんの「ばか猿あ だれぇ 後家になるけやぁ」がとってもうれしそうなので、笑ってしまった。

小野和子さんが、「猿がかわいそうね」というと、
語ってくれたおばあさんは、不思議そうな顔をして

「おれだってもやぁ、何べん 実家さ逃げてっ帰りたかったかしゃねんぞ」

と、16歳で「見たこともねえ」相手に嫁にきた苦労を語った。

小野さんは
「嫁ぎ先で、好き放題いい、猿を川につき落として『とっとと家さ帰った』という娘の行動は
おばあさんの現実には一度も叶えられなかった夢の実現だったのではないか」
と悟ったのだ。

民話は、ただの空想物語でなく、民衆の願望や心の解放や為政者への嘲笑や自然への畏敬など、土地と風土に育まれて長い年月に醸造されてきたものなのだ。

「食わず女房」と過食症の中学生のことや、がダルカナル島から生還したおじいさんの不思議な夢の話、まるで現代のスプラッターホラー「戸ぉ あけろ」のお話など、とても心にしみわたっている。


東北に民話をききにいかなくては!


小野和子さんの震災後の民話についてのお話は以下に。

明日への言葉 津波を伝える民話の力1↓
http://asuhenokotoba.blogspot.jp/2013/11/blog-post_7.html

明日への言葉 津波を伝える民話の力2↓
http://asuhenokotoba.blogspot.jp/2013/11/2.html



 









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# by anzu-ruyori | 2017-04-26 00:21 |

ことしも 桜が美しく咲きました。ありがたいことです。



でも、この世界は混乱のまっただ中。

「私にできることはいったいあるのか」と うづくまってしまいそうです。


そんなとき、今こそ なにかしよう という仲間がいました。

 

4月18日火曜日 午後6時半~8時 京都三条大橋で スタンディング ビジル(追悼)します。

さあ 一緒に立ちましょう 


以下、よびかけ文


☆彡

北朝鮮を攻撃しないで!
北朝鮮も挑発をしないで!
戦乱でのすべての死を悼みます!
三条大橋で18日夜にビジルをしましょう!

みなさん。世界で戦乱が続き、爆弾事件なども多発しています。
すでにシリアで、アフガンで、そしてロシアで、スウェーデンでたくさんの方が亡くなっています。


そんな中、アメリカが戦争政策をどんどん進めています。

なんといまは朝鮮半島にアメリカが空母打撃群を展開中。
北朝鮮が核実験を行った場合、攻撃が始まるかも知れません。

そのときに北朝鮮が反撃すれば、狭いアジアの各地で大変な戦乱が起こり、

たくさんの人が殺されてしまいます。私たちはその危機の前にいます。


トランプ大統領や金正恩委員長の判断で、アジアのたくさんの人の命が奪われるなんてごめんです。

またこれ以上、世界で戦争や爆弾攻撃で、人が殺されることもごめんです。


アメリカは戦争をやめて!
北朝鮮を攻撃しないで!
北朝鮮も挑発をしないで!

この言葉を叫ぶとともに、この間の戦乱で亡くなったすべての方の命を悼むために緊急にビジルを行います。

ぜひご参加ください。


参加にあたっては各自、プラカードとろうそくをご用意ください。
橋の上は風が吹くのでろうそくはガードがあった方がよいです。
一番いいのはペットボトルで作ることです。
緊急なのでこちらで用意できません!よろしくお願いします!


4月18日午後6時半~8時
三条大橋にて(京阪電車出口付近に集合)


主催 ピースウォーク京都


なお小雨の場合は行いますが雨が強くなる場合は中止します。


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# by anzu-ruyori | 2017-04-17 19:43 | 日々ログ

ブログ10年! わあ~ 

きょう、気が付いたらこのブログの10周年がすぎていた。
2006年1月からはじめたのであった。

長いことお世話さまです。
見てくださっている方々、そしてエキサイトブログさん ありがとうありました。

このごろは、更新もおそくて ほぼ放置状態ですが、
10年前は、結構いろいろ書いていて、読み返すと忘れていたあれこれが
散乱しているのであった。

ちなみに一回目は鏡餅↓
http://miteikou.exblog.jp/253447/

10年前の私は、今の私とぼぼ変わらないようで、やっぱり変わっている。
繊細さがなくなっている気がする。いろんな意味で。

ていねいに死ぬまで生きていきたい。

今よんでいる本
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2015年9月刊 大月書店 

竹内浩三は、伊丹万作の弟子だったのかどうか!
残された文章と証言、そして想像力で検証されていく。
浩三さんも喜ぶ愛ある一冊。


最近みてきた作品展 
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Co-jin Collection[コジコレ]
会 期|2016年4月6日(水)〜5月8日(日)
10:00〜18:00(月曜定休)

場 所|art space co-jin
(京都市上京区河原町通荒神口上ル宮垣町83 レ・フレール1階)

出展作家(50音順・敬称略)|井上潔、井上広美、大柳憲一、金田尚子、金井幸枝、林川幹雄、小松満雄、瀬戸口友代、玉田雄気、中川淳、中塚季子、長岡麻里奈、長谷川栄子、森田仁美


しょうがいのある人たちの作品展です。
すばらしい!必見です。

会期中にまたいきます。


あと20年はつづけていたいな ブログ「未定稿」 

さあ 書くのよ。
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# by anzu-ruyori | 2016-04-16 22:40 | 日々ログ

誕生日につき・・・

数年前から、誕生日には実家に電話する。

「おかあちゃん、私を産んでくれて ありがとう」




 うさぎ         まどみちお

うさぎに うまれて 

うれしい うさぎ

はねても

はねても

はねても

はねても

うさぎでなくなりゃしない 

  

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これをいつも、うさぎを「わたし」に変えていってみる。



わたしにうまれて 

うれしいわたし

はねても

こけても

凹んでも

わたしでなくなりゃしない(^O^)


53歳になりました。

健康です。ありがとう。

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ソウル 曹渓寺(チョゲサ)のホライ(虎) 
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# by anzu-ruyori | 2015-12-14 18:33 | 日々ログ
韓国ツアー 3日めの午後は、ソウルにもどって「戦争と女性の人権博物館」へ

ずっと、募金をあつめていたので、正直「いったいいつできるのだろう」とおもっていたが、2012年5月に完成!

決して大きくないが、かえってそれがとてもよく活かされる 
被害にあった女性たちの心によりそう博物館になっていると感じた。

戦争と女性の人権博物館 ↓

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少し、きつい坂道をのぼったところに 小さな入口がある。この小ささがいい。
(長野の無言館の入口も小さかったことを思い出す)

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館内は、日本語音声解説がある。展示の最後に「少女像」が。
「どうぞ少女と話してみてください 少女の声にみみをすませてください」という意味で、
となりの席が空いている。
  
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たくさんの資料の中に、日本人軍人のちいさな手帳があった。鉛筆でちいさな文字が縦書きにしるされている。



○月○日 

きょうは楽しい外出日。

石川といっしょに まづ、朝鮮征伐にいく。

次は、支那征伐だ。一番乗りだった。




手帳には、軍服姿の写真もそえられている。
貴重な記録を提供されたご家族に感謝したい。




企画展示では、「解放をまつ女性たち」と題して、ベトナム戦争での韓国軍による性暴力被害があきらかにされていた。

2015年4月に被害者が韓国を訪れ、水曜デモに参加で 日本軍「慰安婦」被害者たちと出会った。

「私たちは、アジアの戦争が生んだ同じ被害者だと思います。あの方たちは日本軍の被害にあい、私たちは韓国軍の被害に遭ったということです」




この日の夜は、ふぇみんと提携しているインターネット新聞のイルダの記者たちとの韓定食を食べながら交流。30代の女性たちがスポンサーなしで運営している気鋭のジャーナル。
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   http://www.ildaro.com/index.html


「韓国では日本に平和のイメージはまったくない。しかし『日本の国民』には期待している。」という発言が印象に残った。

 会食中、40代前半の女性が来年、広島と屋久島への旅行を計画しているという。
なぜ、屋久島かときいたら、「山尾三省さんの著作を読んだから」と。韓国で三省さんの名をきくとは!

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4日め 尹東柱文学館

2012年7月に完成した「尹東柱文学館」

ここも決して大きな施設ではないが、尹東柱の精神性が表現されていてとてもよかった。
この地は尹東柱が小説家金松の家で文友の鄭炳昱と共に下宿生活をしたゆかりの地で、「星を数える夜」「自画像」「たやすく書かれた詩」など代表作とも言えるこれらの作品はこの時期に書かれたと言われています。」
visit korea より引用)

文学館が出来る前から「詩人の丘」と呼ばれていたそうだ。

建物はなんと高台の住宅地のための上水道の加圧場と3つの水タンク。
女性建築家の設計で、鎮魂と追悼の場所としてうまれかわっている。


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観光バスは、青瓦堂(大統領府)見学の観光客のもの。ハイキングの人も多い。
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3つあった水タンクは、一つ目が展示室「詩人の棟」
↓二つ目は天井をあけて中庭「開かれた井戸」
    三つの水タンクは「閉ざされた井戸」拘置所の中のイメージ (映像鑑賞)
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    韓国アート散歩さんのブログより 雪の尹東柱文学館の写真がすてきです。
        http://koreart.exblog.jp/19619602/


展示室には、尹東柱の生家の井戸が展示されている。

  尹東柱にとって「井戸」は大切なキーワード


「自画像」      

 
山の麓をめぐって 田んぼのそば ぽつんとある井戸を
ひとり尋ねて行っては、そっとのぞいて見ます。

井戸の中には、月が明るく、雲が流れ、天(空)が広がり、
真っ青な風が吹き、秋があります。

 そして ひとりの男がいます。
 なぜかその男が憎らしくなって、帰って行きます。

 帰ってから考えると、その男がかわいそうになります。
ふたたび行ってのぞいてみると、男はそのままいます。

 またその男が憎らしくなって、帰って行きます。
 帰ってから考えると、その男がいとおしくなります。

 井戸の中には、月が明るく、雲が流れ、天が広がり、
真っ青な風が吹き、秋があり、
追憶のように 男がいます。

1939年9月           訳詩 井田 泉牧師



↓ 井田泉牧師のブログより転載させていただきました。
http://blog.livedoor.jp/izaya/archives/50696382.html

当時の韓国キリスト教会の状況についての資料も掲載されています。

井田牧師は、君が代ピアノ伴奏拒否裁判(東京地裁2015年10月判決)に陳述書意見書 を提出されている方です。キリスト者として論理的な拒否理由をのべられていて感服しました。

私は以前、井田牧師と京都宇治での尹東柱追悼集会で詩の朗読をごいっしょさせて頂いたことがあります。

 

11月25日のニュース↓

【ソウル聯合ニュース】ソウル・鍾路区は24日、区内にある尹東柱(ユン・ドンジュ)文学館が国家報勲処の顕忠施設に指定されたと明らかにした。 
同館は国民的詩人・尹東柱(1917~1945年)の記念館。
尹東柱は日本に留学し同志社大に在籍中、ハングルで詩をつくったとして治安維持法違反の疑いで逮捕され、1945年2月16日に福岡刑務所で獄死した。 

尹東柱が学生時代に同区内に下宿していたこともあり、2012年7月に水道加圧場の跡地を利用して同館は開館した。
写真や原稿、関連する映像物など133点が展示されている。 

顕忠施設に指定されたことで、施設の改修や補修、顕忠施設であることを示す案内板の設置にかかる費用の一部が国費から支給される。
2015年11月24日15時3分配信 (C)YONHAP NEWS
http://www.wowkorea.jp/news/korea/2015/1124/10156102.html


文学館をあとにして、ホテルにもどり、空港へ。

初日の仁川、ナヌムの家、戦争と女性の人権博物館、そして尹東柱文学館には、ぜひ、来年中にもう一度訪問したい!とおもっています。

ご同行のみなさん、ふぇみんのみなさん、現地ガイドさん、旅行社 たびせん・つなぐさん ありがとうございました。

いい旅でした。宿題いっぱい。















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# by anzu-ruyori | 2015-12-01 00:07 | 平和 自由 
韓国ツアー 3日目

ソウルを出て、郊外の高層マンション群と連なる岩山 紅葉を みながら 護政府市(ウィジョンブ市)へ


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米軍基地村とトゥレバン 


2014年6月 
1960年代~70年代に米軍基地村で性売買をおこなっていた女性122人が「外貨を稼ぐために
国が介入して『公娼』のように女性たちに性売買をさせ、定期的に性病検査をするなど、『管理』をおこなってきたことは違法だ」として提訴した。(ふぇみん2014年4月25日号)

ことし9月第6次弁論では、証人のキム・ヨンジャさん(73歳)が25年にわたる米兵を相手にいた屈辱的な体験を証言した(ふぇみん 2015年11月25日号)


基地村で働く女性たちの「相談、余暇、カウンセリング、就労支援」をおこなうNGO団体「トゥレバン」(英名 MY Sister`s Place)  

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トゥレバン 두레박  の直訳は、「井戸のつるべ」 井戸の水を組むための綱と桶だという。
なんて詩的な命名だろう! 女性たちの心の井戸につるべを落として気持ちをくみとる場所だ。


入口 チマリョゴリの女の子たちの絵がかわいい。ここは、なんと 2000年まで「性病検査をおこなう施設」だったそうです。
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素敵な壁画のある玄関ホール  絵画によるカウンセリング、セラピーもおこなわれている
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↑ 米兵がやってきたので、あいさつしてみた 
私「HELLO ~」 

米兵「アンニョンハシムニカ~」

私「 We are Japanese! 」

米兵「こんにちは ありがとう!」


沖縄にもきていたのかな~

女性兵士の姿もみました



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↑これはめずらしい 練炭 연탄  がいっぱい! 
日本では、まったく見られなくなった練炭が、韓国の屋台では活躍していた。
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昼食は、基地村の入口の食堂で「プデチゲ」(部隊鍋)キムチチゲに
ソーセージが入ってる!(かつて米軍基地の払い下げ品だったから)
インスタントラーメンを煮込む


トゥレバンの所長、ユ・ヨンニムさんは、「これは軍国主義をなくすための活動、国のために軍隊はある。」といわれた。教会の信徒活動のひとつとして基地村の女性支援をはじめられたそうです。
「性売買がドイツでは2000年に合法化されたというが、実際に政府登録した人は3人だけ。結局、国が国民を守る責任を放棄したこととなる。
ポイントは、自ら性売買を生活の糧に選択したとしても『やめたいと思ったときにやめられるか』だ」といわれた。

韓国米軍基地村で生まれた米兵との子どもたちが、70年~80年に国家事業として海外養子縁組されていったことも大きな問題だ。


基地村で働く女性たちと子どもたちのことが、韓国の女性監督による映画となっている。

3本とも以前みたが、かなり詩的で哲学的で、難解。現地を訪問して今また、みてみたいと思う。


蜘蛛の地
http://www.yidff.jp/2013/ic/13ic13.html

アメリカ通り
http://www.yidff.jp/2009/cat043/09c060.html


「女性と孤児と虎」
http://wan.or.jp/article/show/1974 ← 岡野八代さんの映画評








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# by anzu-ruyori | 2015-11-30 17:20
韓国ツアー 2日目 

タプゴル公園

1919年3月1日 独立宣言書を読んで独立運動はじまった場所
現地ガイド キム・スヨンさんの詳細な解説でレリーフを見学

紅葉がきれいだった。この公園には早朝からおじさんたちがいっぱいきていた。
退職後のおじさんたちが日がな一日すごす場所で、昼食の提供もあるとか。
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レリーフのひとつには、キーセン(芸妓)の女性たちが日本人警官と対峙している姿がある
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水曜デモ
日本大使館前の「日本軍慰安婦」問題の正式な謝罪と賠償をもとめる抗議デモ行動に参加。
1992年から毎週水曜日に欠かさず行われています。

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日本大使館は、建替え中でした。
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「慰安婦」とされた少女の像 毛糸の帽子とマフラー、ストールであたたかくしてもらっていました。
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こどもたちのアピールもありました
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ナヌムの家

ソウルから1時間半ほど車で走ってナヌムの家へ。
日本軍によって「慰安婦」とされた女性たちが暮らす場所。
今は10人の方が入居されています。
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2009年にお会いした カン・イルチュルさんと再会。
京都で、毎月1回「日本軍慰安婦問題」を街頭アピールしている写真をお渡しできた。

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リビングに、4人のハルモニがきてくださいました。にこにこして、ずっと手を握ってくださるパク・オクソンさん。
2009年に訪問したときは、入居されたばかりでおとなしく黙っておられたが、今はここに馴染んで安心して暮らしておられるご様子でした。


カン・イルチュルさんは、「みなさんにいいたいことがある」と、いわれ「日本は韓国を36年間も支配してきた(両手を広げて、下に押しつけるしぐさ)。
私は中国につれていかれて、帰ってこられたのは2000年だ。両親も兄弟も誰もいなくなっていた・・・」


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1ヶ月まえに訪問した人は、カン・イルチュルさんが「アベはこないのか!」と発言されたと、いわれていました。
88歳になられたカン・イルチュルさんの怒りを忘れていけない。











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# by anzu-ruyori | 2015-11-30 13:29 | 平和 自由 
2015年11月10日から13日の4日間 韓国にいってきました!
出発1週間前から風邪をひいてしまい、体調不安と準備不足でしたが、韓国では体調もよく充実した旅でした。韓国料理の底力か!

ふぇみん(婦人民主新聞)70周年記念のスタディツアーで、参加者20人。
20代~80代の社会問題にとりくまれている方が多くて、興味深い話も色々おききできました。

私は6年ぶり2度目の韓国訪問。 
前回訪問の2009年9月 ブログ↓
http://miteikou.exblog.jp/11905297/

 
関東組は成田空港から関西組は関西空港から出国して
仁川空港で合流、総勢20人+日本人添乗員で、大型観光バスに乗り韓国ツアー出発!



1日目 仁川(インチョン)

仁川在住の作家 戸田郁子さんの案内で、商店街に残る日本人が暮らした痕跡を辿る
ちょっとディープな町歩き。

仁川は、日本統治以前の1800年代後半から、長崎と交易があり最も多い時期には既に2万人もの日本人が居住していたと知り、びっくり。

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港から、自由公園をのぞむ。紅葉がきれい。自由公園にはマッカーサー像がある。朝鮮戦争のとき、仁川上陸作戦が成功して、南軍の勝利となったので、マッカーサーが自由を運んできたということ。元々はロシア人が整備した近代公園で、万国公園とよばれていた。日本統治時代に植えられた桜がいまも4月には満開になる。

日清戦争 日露戦争 そして、朝鮮戦争、いつも 仁川は戦場だった。

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一見するとハングル文字の看板のある現代的な商店街も70年以上まえの日本建築の木造長屋だという。 表通り側だけが平面でうしろは三角屋根のいわゆる「看板建築」。

             ↓ 日式(日本式)木造建築
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            ↓ 日式住宅をリノベーションした「茶具博物館」
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        ↓ 昭和30年代の日本住宅みたいだが、70年以上前の建物
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    ↓日本人がつくった石垣。角がきっちり直角になっているのが日本式。
      大根葉がほしてある。おつけものにするのかな。
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          ↓ 日本統治時代の建物に3階部分を増築。
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↓ 1900年代はじめの仁川港  瓦葺の日本家屋がならんでいる。
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  ↓ 戸田郁子さんの「官洞(カンドン)ギャラリー」

  90年前に建てられた6軒長屋の日本式木造建築。
  2013年に戸田さんと出会い、建築家富井正憲氏に
  よる「日式住宅再生プロジェクト」で、蘇った。

 「官洞」とは終戦後に韓国人がつけた町名。官舎のある町だから。
日本統治時代は「仲町」と呼ばれていた。

  日本と仁川の今と昔に、時空を超えて出会える場所でした。
  
  紹介記事↓ 

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2015年1月 オープン 
             ギャラリー ゲストハウス セレクトショップ
   
ホームページには戸田さんから以下のよびかけがある。
  
  「仁川に所縁のある日本のみなさんへ」

仁川官洞ギャラリーは仁川市中区の、かつて「日本人租界」のあった町にオープンした展示と交流の空間です。

多いときには二万人もの日本人が住んだと言われるこの町には、過ぎた日の痕跡が今も数多く残っています。


私は現在、この町に住む唯一の日本人として、思い出の場所や人をお探しの方々のために、

​なにかお役に立つことはできないだろうかと考えております。


ご質問、ご要望などございましたら、どうぞ、このメールあてにご連絡くださいませ。


仁川官洞ギャラリー 戸田郁子

gwandong14@gmail.com



  仁川官洞ギャラリー営業案内

開館時間:金/土/日 10時~18時  観覧無料。

住所  :〒22315 韓国仁川市中区 新浦路31番gi 38

電話  :032-766-8660

e-mail :gwandong14@gmail.com 

http://www.gwandong.co.kr/


出版社「土香(とひゃん)」→http://www.tohyang.co.kr/jp/about.htm

↓ 中華街にある「仁川近代博物館」
館長さんが、若い頃から収集してきたモノたちでいっぱい!  
仁川の100年前からの息吹を感じた。         
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↓ 港のレンガ倉庫は、「アートプラットホーム」という名で、
芸術作品の制作工房と発表の場となっている。
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↓商店街の広場にある銅像 左から韓服の親子、中国服の男性、着物の女性と三つの民族が仁川で、共生していた姿があらわされている。
中国人が手にしているのは、ごぼう。
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↓ 日本人街(観光用に作られている。あまり人気がない うどん屋とかある)にある人力車の像。
韓国で、日本人のとくに男性の着物姿の銅像はとても珍しいそう。統治時代の差別や恐怖の象徴だからか。

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  空港の名前でしかなかった仁川に、こんなに日本式の暮らしぶりがあり今も活躍していることに驚いた。
近いうちに、ぜひまた来てみたい。まずは、戸田郁子さんの著作を読んでみようと思う。
  
 戸田郁子さん著作 

     · ハングルの愉快な迷宮 講談社文庫

     · ましくて愛しいハングル 講談社文庫

     · 悩ましくて愛しいソウル大家族  講談社文庫

     · 中国朝鮮族を生きる 旧満洲の記憶 岩波書店



つづく、ソウルへ。


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# by anzu-ruyori | 2015-11-23 14:48 | 平和 自由 
竹内浩三を好きになって、8年くらいになる。


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天性の詩人とかいわれるけど、
浩三さんが天才かどうかは、
よくわからない。「アホやな~」とは、よく思う。

浩三さんの言葉をたどることで、浩三さんとおなじように
日本に帰ってこれなかったたくさんの人の声を、
きいているような気がするのです。






5月12日 浩三さんの誕生日に、
竹内浩三辞典、はじめちゃいました。

月いちぐらいの更新で、ゆっくり書いていきたいと思っています。

blog 竹内浩三辞典 試作中
http://kozo-takeuchi.jugem.jp/
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# by anzu-ruyori | 2015-06-15 01:10 | 浩三さん(竹内浩三)