逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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卒業 君が代丸にのって・・・

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君が代丸という船にのって 
たくさんの人が 
朝鮮半島からやってきました

君が代丸にのってきた人は、 
鉄道をつくったり、飛行機をつくったり 
炭鉱で働いたりしました

君が代丸にのってきた 
たくさんの人が 
故郷に帰れませんでした


日の丸の旗におくられて 
日の丸の旗におくられて 
たくさんの人が 戦争にいきました
戦争にいって たくさんの人が、
帰ってこれませんでした

たった 64年前のことです

私は 君が代をきくとき そのことを 思います

:*: ・ ゜ ´★,。・ :*:♪ ・ ゜ ´☆。 。 ・ :*: ・ ゜ ´★,。

子どもが 高校を卒業しました。
スーツをきたら、もうすっかり いまどきの若者です。
誇らしさあり、後悔もあり、感謝もあり、悲喜こもごもというのでしょうか、
めぐってきて、卒業式の最後は、号泣の母でした。

卒業式のあいだ、ずっと 楽しそうに笑っていた息子は、
最後 コブクロの「桜」を 大きな声で一生懸命歌ったあと、
激しく泣いていました。

君が代丸の詩は、式のはじめ「君が代斉唱」のとき 
来賓席で、座って朗読しました。
音楽の教師が、君が代を 朗々と歌い上げていました。

私は、静かにゆっくり 周りをみながら 朗読することができました。
曲が終わるとき 詩も ぴったりに終わり、やったねとピースしました。

聞いていた人によると、歌と私の朗読がコラボしていて 心地よかったそうです。
ちょっと くやしい!もっと 激しく はっきり 反対って 
いったほうがよかったかなああと 反省。

定時制の卒業式には教育委員会もこないんやから、矛先がないって感じで、ぎりぎりまで、
やらんでも いいかなあ って 思ったりも したけど やってよかったです。

それよりか びっくりしたのが、うちの子 立ちませんでした!
たぶん 初めてだと思います。
「一同 起立」で、躊躇無く 立ちませんでした。
となりの女の子が なんで?って聞いてたけど
ええねんって 感じで答えて
へらっと 笑みを浮かべながら 座っていました。

いろんな人が、いろんな場面で いろいろに思う。それが社会で 人生で。
たとえ、理解や共感ができなくても 存在を否定しない。
ということを子どもは、定時制高校にいって学んだように思います。

たとえば、

卒業生は、振袖やスーツの正装が大多数の中、
さっきまで 現場で働いていたという男子がいました。
泥の付いたニッカボッカに、仕事道具をぶらさげて、
古びた上着、へなへなの野球帽。
卒業証書授与で、壇上にあがるとき
保護者席から、「おめでとう あきら!」って 声がかかり
照れていました。 若い妻さんからでした(赤ちゃんを抱いて)。

幸な日々を!
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by anzu-ruyori | 2009-03-02 10:43 | 平和 自由