逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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竹内浩三研究会と朝熊山登山!

9月20日松阪での竹内浩三研究会に出席して
翌日、お墓参り登山しました!

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研究会報告は竹内浩三みゅーじあむブログ

研究会終了後、伊勢まで車に便乗させていただきました。
360度みまわせる伊勢街道(国道37号)の夕焼けの空がきれいでした。
浩三さんは、このあたりまで自転車で友だちの家を巡っていたそうです。

伊勢では、リベンジ伊勢うどん!
伊勢人おすすめの「山口屋」さんへ。
江戸時代のファーストフード「伊勢うどん」は、こしがなくて、「微妙」なのですが
今回、「山口屋」さんの伊勢うどんは、「まあまあ」でした。
浩三さんの大好きだった「うどん」(=伊勢うどん)を「う、うまい!」といえるように
いつかなれるかなあ・・・。

翌朝、5時半「外宮」参拝。

昨年、本宮に進入してしまい始末書をかくという珍事を経験しましたが
またも、不思議体験が!

無事、各宮を巡っている神官さんと挨拶をかわし、神さんの朝餉の支度の煙もみえました。
馬屋の横を通って小さな宮さんの続く小道。
ある大木を見ると、幹が「うろ」になっていて、入れそうなのです。
なんだか、誘われるように背を縮めて入ってみました。
直径1.5Mくらいの空洞で、雨宿りにちょうどよく、けものの巣の中のようでした。
背をのばすと立てて、上をみると幹の間から葉と空が見えました。
「樹の中に入っている」はじめての経験でした。

もそもそと樹から出て、さらに道をすすみ、戻ってくると、その大木のねきで、
体操をされている女性がいたので、「大きな樹ですね」と声をかけました。
「この楠木さんは、前はそこを祠にして祀ってあったんやけど、汚なあなったから
処分しましたんや」といわれました。

わ!やっぱり、祀られてたんやあ。
うっかり「さっき、中に入ったんです」っていわなくてよかった(冷や汗)。

この樹です。

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内宮さんは、小学校の修学旅行いらい35年ぶり!
バスを降りた瞬間にひのきのにおいがしました。
昨年、架け替えをした宇治橋。江戸期にはこの橋の下にお賽銭をとる網や籠を持った人が
たくさんいたとか・・・、神聖さよりにぎやかさのお伊勢参りだったように思います。
今は、ちょっと「パワースポット」然としてるけど、結局 現世利益追求って感じでうんざり、
ヘンに権威的やしなあ。
神宮さんの大木や森には神聖さを感じるし、自然と感謝の気持ちになりますけどね。

五十鈴川では、カワセミの瑠璃色をみることができました。僥倖なり。

内宮さん参拝のあと、いざ!朝熊山に。2度下山したことのある道が、よくわからず。
神宮司庁のあたりで迷いましたが、古い「朝熊岳道」の石標があり、そこを登っていくと
たどり着きました。その石標の周辺はかつて旅館かなにか建物があったようで、基礎の
石組みが残っていました。
そこで、同行の三輪さんが「寛永通宝」を拾いました。
江戸時代の伊勢参りの伊吹を感じて、鳥肌!

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それから、山頂金剛証寺まで、尾根道を歩きました。蛇や蝶やトンボ(秋津)に出会い、
三輪さんからお父さんの敏之助のビルマ慰霊の戦友会に参加した話などお聞きしながら登りました。

2時間半ほどで、山頂旅館とうふ屋(東風屋)後に到着。
金剛証寺で、浩三さんのお父さんが寄進された鐘をつきました。
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浩三さんのお墓
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朝熊山のしきびと野花、ゴールデンバッドをそなえて・・・。

下山は、近鉄のハイキングマップを頼りに「近鉄 船津」まで。
倒木が放置されてままだったり、悪路と予想以上の道のりでバテました。
船津到着は、16時半。
今回は、少々つかれた朝熊山登山でした。
また、いきます。

はじめての登山記は、こちら
http://miteikou.exblog.jp/4793592/
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by anzu-ruyori | 2010-09-27 10:25 | 浩三さん(竹内浩三)