逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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「集団」とよばれた人たち

同志社大学で 毎年 学生主催で「日朝関係史講座」が開かれている。

10月11日「広島の在日朝鮮人史」の講座を聴講した。

私ははじめて「集団」とよばれた人たちのことを知った。

それは、広島市庄原市にある「高暮(こうぼ)ダム」の建設に、朝鮮人労働者が従事していたという事実だった。

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1940年から、建設がはじまり、約4000人の労働者のうち2000人ぐらいが朝鮮人だったという。
その中には トラックに乗せられてきた番号でよばれる朝鮮人たちがいた。集落の人たちは「集団」と
呼んでいたという。(講師のオ・インジェさんは当時の行政用語「集団移入労働者」からか?といわれていた)



「建物の周囲は板で囲いがしてあって、
坑木を立ち並べて出られないようにしてあった。
窓に はすべてタル木を5寸釘で打ち付け、
飯場によってはハッピ姿の用心棒のような者がいて、
シ ェパードを連れて見回っていた」

「生コンにまきこまれ埋まった人がいた」

「リンチがあった」

など、証言がのこされている。

過酷な労働と環境のため、たくさんの命が奪われた場所だった。

現地調査された元中学校教師の方の解説 ↓
http://www.saizenji.com/page031.html

1995年追悼碑が募金により建立され、追悼式が毎年開催されている。

朝鮮人と日本人が共同で建立され、追悼式が開催されている碑は
この高暮ダムと舞鶴の「浮島丸」殉難碑と北海道東川の追悼碑
だけとのこと。

いまの高暮ダム↓

http://side-way.jugem.jp/?eid=610
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by anzu-ruyori | 2013-10-14 20:39 | 平和 自由