逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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夕凪の街 桜の国

f0032106_1143075.jpgサクラサクサクラチルサクラサクサクラチル 京都です

夕凪の街 桜の国 を 読みました 映画にもなるのですね

広島市には 一度だけいったことが ある
高校の修学旅行 フェリーにのって 
山口 萩 広島 最後に小豆島

広島平和資料館で 
広島に落とされたのはなぜか
どうして 戦争がおきたのか 解説がほしい
なんて 生意気な感想をかいたことを覚えている



広島球場では 日本シリーズ<広島VS近鉄>をやっていて
「応援団のおっちゃんに ただでいれてもろたぁ!」と
よろこんでいる男子たちも いたな・・・


小学生の時、学級文庫にあった「アンネフランク物語」に 夢中になった
表紙のアンネの絵や挿絵を今もよくおぼえている
わたなべまさこの「蝶はここにはすめない」(アウシュビッツの姉妹の話)を
くりかえし読んだのもこの頃
はだしのゲンは姉弟と競い合って読んだし、学校で映画も上映された
学童疎開 東京大空襲 沖縄戦 戦争孤児・・・みんな 物語で知った

(平行して、ファンタジーもの・・・ さまよえる湖 とか アーサー王物語とか
大泥棒ホッテンプロッツなど も 大好きで 夢心地になっていたけどね)

土曜日の午後 「モーパック」をみていたし 弟は戦艦のプラモを作っていたし
GIジョーで遊んでいた 夜には家族で 「どてらい男」をみて 日本軍の初年兵
いじめを知った 

経済成長する日本の日常に、アジア太平洋戦争が くっきり存在感を持っていた時代
おまつりには いつも 傷痍軍人がいて みてはならないもののように感じていた私

「アンネの日記」を読んだのは、中学になった年
物語との違和感も感じたけれど、すぐに アンネの気持にシンパシイを感じて
内省的な日記をかきはじめてのだった (自意識過剰と自己嫌悪と妄想の混在し
中学生の私の日記 しかも 聖書も読んでたしなあ)

その頃から、次第に 戦争にはあえて距離をおいた
「もう しってるし わかっているから ええよ!」って・・・
だから、平和資料館で 生意気な感想を書いたのだ

その気持が変わったのは、1989年
参議院選挙 はじめての比例区選挙で ミニ政党が乱立した選挙
私は 「原発いらない人々」の 選挙活動に すこしだけかかわった
選挙カーにのって マイクで連呼したり タンバリンをもって 踊っていたな

昼の街宣が終わって、小さな集会で Y沢さんのお話をきいた

 1945年8月6日 爆心地の近くを路面電車が走っていた
 折り重なって倒れる満員の乗客 その下になっていて
 命を救われた数名のうちの ひとりが Y沢さんだ

少年の瞳のままのY沢さんの静かな語り口を聞いていて 私は自分が
このことに目をそむけていたなって、思った

その時 私のお腹の中にいた子が、私が「夕凪の街 桜の国」を読んで
鼻をすすっているので 「お母さん また 泣いてっ」と いっている

次の戦争で 戦場にいくのは この子かもしれない と 思う

ほら 五分刈りの頭で、がっちりとした上体、軍服が似合いそうだ
ほら 立派な初年兵だ

・・・・・・・・・・・・・・・・・

いやいや!

この子が 戦場で 「ひょん」と死ぬことのないように

私は祈りながら、行動していこう


ちなみに うち子は、来年 修学旅行で沖縄にいく予定
これからの平和学習に期待していると担任に伝えた






 
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by anzu-ruyori | 2007-04-14 01:26 | 平和 自由