逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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カテゴリ:本( 4 )



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東北記録映画 三部作 「なみのこえ」「うたうひと」をみた。

「うたうひと」は、東北の民話を「語るひと」 と 「聞くひと」を 静かに撮影した作品。

私は、その姿に釘づけになった。「魂 もっていかれた」。ずっと きいていたいと思った。

「語るひと」は三人。
伊藤正子さんは、ちょっとこわそうなおばさん。
佐藤玲子さんは、ちっちゃなおばあちゃん。子どものころ「母ちゃん 昔かたって 昔かたって」といって聞いたお話を語る。
佐々木健さんは、70代の大きなおじさん。40代半ばになって、とつぜん子どもの頃にきいていたお話を思い出したそうだ。その大きな体の中にしみこんだお話が「あふれてきて」語りだしたという。

みなさんが100~200以上の昔話をかたることができるそうだ。

「聞くひと」は小野和子さん。40年以上にわたって、東北の昔話を収集されている。
その穏やかなまなざしと静かな声が、語るひとによりそっている。

この映画には語る人の言葉の字幕はない。「字幕があったほうがいいのでは」という人もいたが、私は不要だとおもった。
ききとれなかったり、方言が、わからなくて、お話がわからなくなっても、まったく気にならなかった。ただ、その語りにゆられているのが気持ちよかった。
きっと、子どもがおばあさんにお話をきいていたときも、よくわからない言葉があってもそれをいちいち尋ねることなく、語りのリズムにゆられてきいていたのだと思う。

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小野和子さんの「みちのく民話まんだら、民話のなかの女たち」を読んだ。(園部図書館 蔵書)
これは、小野さんがお聞きした民話を採録し、「あと語り」として小野さんの解説がつづく。

「うたうひと」でも語られている「猿の嫁ご」は、小野さんがはじめてきいた民話。

::::::::::::::::::::

「猿の嫁ご」

  むがすむがす 娘三人もった親父ぁいで、田さ水掛けにいったど。
  掛けても掛けても 水、溜まんねぇぐて、
  「これでは田植えもできねぇ。だkれか、この田さ水掛けてけねぇべかな。
   娘3人あるから、ひとりくれてやってもいいが・・・」って独りごと言ったっつも。

  したっけぇ、ほれ 山から猿ぁ 出はってきて、

 「おれ、水掛けて、いいあんべぇにしてけっから」って
  たちまち、さんぶりと水掛けてくれたどっしゃ。

:::::::::::

親父は猿に娘を嫁にやると約束してしまう。家に帰って 娘に「お前、猿のどこさ嫁ってけねぇが」ときくが、
上の娘も中の娘も いやだという。ただ、末娘が承知して、迎えにきた猿といっしょに山にいってくれた。

やがて 節句がきて 里帰りとなり、娘は猿に餅をついて親父さまにもってかえるという。
猿は、一生懸命 餅をつく。娘はその餅を臼ごと 猿に背負ってもってかえれという。
猿はよしわかったと、臼を背負って山をおりていく。途中、川っぷちの藤の花が見事に咲いている。

:::::::::::

「あらまあ たまげて美しいこたあ。この花採っていったら、おら家の親父つぁん、なんぼか喜ぶべなぁ」

「ほだら、採ってくべや」

猿は背負っていた臼を下ろすべとしたら、

「あらぁ、そだなどごさ置いたら、おら家の親父つぁん、土臭ぇつって、食ねべな。
 臼背負ったまんま、採ってござい」

っていうから、猿は、臼 背負ったまんま 藤の木さのぼっていったどしゃ。

「この枝、いいかあ」
木の上から聞くと 娘は
「もすこし上の、いいなぁ」
「んでぇ、こいついいかぁ」
「もすこし上の、もっといいなぁ もすこし。もすこし・・・」

猿は上へ上へと、のぼっていったれば、臼の重み、猿の重み、藤の枝、ぼっきんと折れて、下の川さ落って、そのまんま流れていったどしゃ。

流されながら、発句、詠んだっつもなぁ。

 猿川に落ちる命は惜しくない
 あったらお前を後家にするがや

娘はそれを聞いて
「ばか猿やぁ だれぇ 後家になるけやぁ」
って どっとと家さ帰っていったどしゃ。

 こんでよんつこもんつこ さけたどしゃ

::::::::::::::::::::::::::

面白いはなしだけど、流されていく猿が、あわれで、ちょっとひどい娘だなと思わないではなかったが、
おばあちゃんの「ばか猿あ だれぇ 後家になるけやぁ」がとってもうれしそうなので、笑ってしまった。

小野和子さんが、「猿がかわいそうね」というと、
語ってくれたおばあさんは、不思議そうな顔をして

「おれだってもやぁ、何べん 実家さ逃げてっ帰りたかったかしゃねんぞ」

と、16歳で「見たこともねえ」相手に嫁にきた苦労を語った。

小野さんは
「嫁ぎ先で、好き放題いい、猿を川につき落として『とっとと家さ帰った』という娘の行動は
おばあさんの現実には一度も叶えられなかった夢の実現だったのではないか」
と悟ったのだ。

民話は、ただの空想物語でなく、民衆の願望や心の解放や為政者への嘲笑や自然への畏敬など、土地と風土に育まれて長い年月に醸造されてきたものなのだ。

「食わず女房」と過食症の中学生のことや、がダルカナル島から生還したおじいさんの不思議な夢の話、まるで現代のスプラッターホラー「戸ぉ あけろ」のお話など、とても心にしみわたっている。


東北に民話をききにいかなくては!


小野和子さんの震災後の民話についてのお話は以下に。

明日への言葉 津波を伝える民話の力1↓
http://asuhenokotoba.blogspot.jp/2013/11/blog-post_7.html

明日への言葉 津波を伝える民話の力2↓
http://asuhenokotoba.blogspot.jp/2013/11/2.html



 









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by anzu-ruyori | 2017-04-26 00:21 |
「改正」教育基本法が 今日から施行です
みなさん 学校でも地域でも家庭でも
「わが国と郷土を愛する態度」を示さなければいけませんよ (>_<)



本をよみたーい モードだったので 衝動買い



f0032106_23371245.jpgとなり町戦争 三崎亜記

ある日 自宅に配布された広報誌に
ちいさく乗っていた
「となり町との戦争のおしらせ」
開戦日 9月1日
終戦日 3月31日
開催地 町内各所
お問い合わせ 総務課となり町戦争係

そして 静かな静かな戦争がはじまる




議会で計画が承認され 入札で決まった
コンサルティング会社に委託される「戦争事業」
住民への説明会 町の発展のための戦争

行政がおこなう「戦争事業」を粛々と
こなしていく事務職員 

もしかしたら、こんどの戦争はこんな風にはじまるかもって
思いながら、一気に読んでしまいました

コメディではありません ねんのため
純文学?かな 
来春 映画が公開されます

MIXIで、私のことを「太陽のような人」と紹介してくれた人がいて
びっくり!(かなり 自分の内面と相違があるので・・・)
でも!そういわれたら、そのような自分もありってことでいこうと思う
ありがとうね
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by anzu-ruyori | 2006-12-22 23:38 |

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本を買った 
図書館で借りる事が常の私にはめずらしい 
しかも2冊も!
一冊は、この画像の「天上の歌」 もう一冊は著述集「岡 潔」

岡潔(おか きよし)1901~1978 
京大卒業後渡仏 世界的数学者  文化勲章受賞(1960)

この岡さんの郷里 和歌山県伊都郡紀見村大字柱本(現橋本市柱本)は
私の父のそれであり、岡さんの長男さんと父が小学校の同級生で、今も
懇意にしていただいているのです。

書店で偶然に、数学書の中にこの「天上の歌」をみつけ この愉快な写真に魅かれて
ページを追うと、紀見村での岡さんとご家族の様子が、書かれていたので、これは
父にみせたいと 思った。

岡 潔さんは、「計算も論理もない数学をしてみたい」と京大時代にいっている
そして、「情操的発見」により、「多変数解析函数」の論文で世界的な業績をあげた

紀見村の借家での研究生活は、なにか牧歌的でのびやかである。

    毎夜一家総出(潔 妻 長女6歳 長男3歳)で、蛍をとってきては裏の
    コスモスの茂みに放してやり、昼は毎日土の上に木の枝でかいて、
    解析学の緒の作り方を、もう一度、きちきち調べ直してみた。そうしている
    うちに段々要求されている作り方の性格がわかってきた。
                            「昭和への遺言」(岡潔)より

また、研究が行き詰ったとき、
「これはまるで海を歩いて渡れといわれているようなものだ」と思い、
ちょうど台風が大阪湾に向かってきていたので、「よし、荒れ狂う鳴門
海峡を船で乗り切ろう」と決死の覚悟で、家族の止めるのもきかず、
大阪湾から小さな船にのったこともあったそうだ。
(幸い台風がそれて、無事帰って来た)

そして、文化勲章を受章してからは、著述の発表や、講演で世間に名を知られる事になり
この写真の依頼がきた。
  
    なさけないことをたのまれるものだ、犬に頼んでくれないかなあ、と思ったのですが
    東京からわざわざ見えたのだから、それじゃとぼうかな、と思って外に出ました。
    すると、近所のなじみののら犬がやってきて、いっしょにとんでくれたのです。
    それが、すこしおくれてとんだものですから、写真にはまさにとぼうしているところが
    うつっています。それがひどくいいのです。
    
    やがて その週刊誌を見た人たちの間で評判になりました。
つまりいちばんよくとぼうとしているのは犬である、ということになったのです。
    こうしてだいぶん有名になったおかげで、近所のうちの一軒で
飼ってやろうということになりました。それで、わたしもおおげさにいえば
すっかり重荷をおろすことができ、やはりとんでよかったと思いました。
               「風蘭」(岡潔)より

岡さんは、「生活の中で数学するのでなく、数学の中で生活をした」といい、

「数学は生き物だから、どんな難しい問題でも、それがなぜ難しいのか数学と一緒に暮らしながらその様子を観察して最も数学の欲するような方法を見つけていけばいいんだ」

いっている。なんて 情緒的!

父が育ち、祖父母の家や田畑のある柱本の自然の中で、岡さんの「数学の中の生活」があったのだと思うと、不思議で なんだかうれしくなる。

そして 映画「博士の愛した数式」を、みるかどうか 思案中
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by anzu-ruyori | 2006-03-06 23:51 |

かえってきた杏っこ

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小6のとき
学級文庫に紅い表紙の日本文学全集があった
「小説」を「小話」と、よみちがえて借りたのが
杏っこだった
2段組で小さい活字がならんでいたことだけを
覚えている もちろん すぐ挫折

20代になり
大阪で芝居をはじめた
芸名をつけることになって
あ で はじまるのがいいと思って
「あんず」とした
そのとき 杏っ子のことは 思い出さなかったように思う

実は、この本 「大活字本」やねん 老眼用(^_^.)
めっちゃ字大きくて、国語の教科書みたいやから
昭和初期近代文学の若干 文語的文章も
かえって、よみやすいのですよ

室生犀星は、詩がとても好きで、この小説の中でも
ときに、詩的表現があってうれしくなる
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by anzu-ruyori | 2006-01-04 09:39 |