逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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<   2012年 03月 ( 16 )   > この月の画像一覧

3月26日 【日曜日】

 飛行場ノ枯草カラモ
 格納庫ノ屋根カラモ
 麦畑カラモ 池カラモ

 ワツワ ワツワ
 陽炎ガモエテイタ

 朝は演習であった。
 小銃を持ってする演習は久しぶりである。
 たいした演習ではなかったけれども、ひどくつかれた。

 ひるから、飛行場の枯草の上で蹴球をした。
 裸であった。ボールを小脇に抱えて、とっと、とっとと走っていた。
 枯草の上に、裸で寝ころんで、雲のない空をみていた。

 二つのけがをした。
 蹴球で、すねを靴のかかとでけられて、いたいと思ったら、血が出ていた。

 ひげをそっていたら、あごを切った。

・・・・・・・・・・・・・・・

ひさしぶりの詩 春の気配 

「蹴球」は、サッカーではなくラグビーだったのですね。


竹内浩三「筑波日記」は、
「五月のように」さんより転載させていただきます。
http://www.h4.dion.ne.jp/~msetuko/tkozo/takeutisakuhin.html

なお、竹内浩三著 小林察編 「日本が見えない」(藤原書店)より
筑波日記 全文と写真版を参照させていただいています。

http://www.fujiwara-shoten.co.jp/shop/index.php?main_page=product_info&products_id=510&cPath=177_222
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by anzu-ruyori | 2012-03-25 21:15 | 浩三さん(竹内浩三)
昭和19年

3月24日 【金曜日】

 ちかごろ、つまらないことによく笑う。ケタケタと笑ってばかりいる。

 ジャガイモ畑に、たねいもを蒔いた。二つか三つに切って、その切り口に
 灰をつけると云うことは知らなかった。あまったたねいもを焼いて喰った
 意外にうまかった。

 ひるからは、野球であった。かくべつ面白いわけでもなかったが、
 イヤイヤやっていたわけでもなかった。

 ラジオの落語を聴いて、ケタケタ笑っていた。

3月25日 【土曜日】

 朝から体操であった。枯草の上で、でんぐり返ったり、とんだりはねたりしていた。
 蹴球をした。面白かったが、体がえらかった。

 ひるから、かけあしであった。
 朝は、天気がよくてぽかぽかしているのだけれども、
 ひるになると、かならず強い西風が吹いてくる。

 陽炎のあちらで、練習機が烟のようにちぎれながら、走っていた。

 枯草の、あちらからもこちらからも、はじけるように、雲雀であった。

 畑で、ニラを一つかみほど取って来て、晩のおかずにきざんで入れてみたが、
 大してうまくもなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たった一度だけ、ジャガイモの種芋を蒔いたことがあります。
そのときも、灰をつけたのでした。トホイ昔ノコトデアッタ。

陽炎があがるほど、いい天気だったのですね。そして筑波の西風。


竹内浩三「筑波日記」は、
「五月のように」さんより転載させていただきます。
http://www.h4.dion.ne.jp/~msetuko/tkozo/takeutisakuhin.html

なお、竹内浩三著 小林察編 「日本が見えない」(藤原書店)より
筑波日記 全文と写真版を参照させていただいています。

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by anzu-ruyori | 2012-03-25 20:54 | 浩三さん(竹内浩三)
昭和19年

3月23日 【木曜日】

 朝起きると、はだかで出て、
 乾布まさつをして、点呼が
 すむと、かけあししてから手
 りう弾投げである。

 朝は、事務室で、帳面とじをした。

 操縦見習士官のことは、お流れになったと云う。定員に足りなかったので
 募集してみたけれども、定員に満ちたから、用はないと云うのである。
 スウスウ鼻から、空気がぬけてゆく気がした。

 ひるから、ジャガイモ畑の肥まきであった。肥たごを、一人で二つかついだら、
ふらついて、ひっくりかえしそうになったので、二人で一つ運ぶことにした。

それでも五百Mもある便所と畑のあいだを、なんども往復すると、カタにこたへた。

眼の前で、ピチャピチャはね上る、黄色い水を見ながら、
これほど臭いものは、またとはなかろうと思い、そのことを、
先棒かつぎの木俣に云うと、

このにおいは、罪がのうてええぞや、世の中には、もっと臭い、
もっとけったいなにおいのものが、いくらもあるぞよと云った。

 木俣は三十一歳の医学士である。
ぼくは、ばからしくなって、カラカラと笑ってばかりいた。

 夜、木俣が、木下の本でロシヤ語を勉強しようと思うと云いだした。

どうせ、一兵卒ですごすのであってみれば、ぼくも、ロシヤ語でもやってみようかとも考えた。

4月に初年兵が入ってくれば、すこしはひまもできるだろうし、なにかまとまった勉強をしようかと思う。こうして、ぼうと暮らしているのは、やりきれない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

木俣さんは、別のときに「木俣老人」と書かれているけれど、31歳だったのですね。

「このにおいは、罪がのうてええぞや、世の中には、もっと臭い、
もっとけったいなにおいのものが、いくらもあるぞよ」は、名言。

「肥たごかき」は、たいへんですね。

1960年の映画「裸の島」の孤島での音羽信子の肥たごかきを思い出します。
http://nihon.eigajiten.com/hadakanosima.htm

昨年公開された「一枚のはがき」で、大竹しのぶの肥たごかきのシーンは、
まさに、音羽信子さんへのオマージュでしたね。
http://www.ichimai-no-hagaki.jp/

「一枚のはがき」は、私には無念な映画でしたが、新藤監督のご長命は心から祈りたいと思います。
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by anzu-ruyori | 2012-03-23 13:50 | 浩三さん(竹内浩三)
昭和19年

3月21日 【火曜日】

 あつさ、さむさもと云う。
 霧のひどい朝であった。
 朝の間稽古で、飛行場で手りう弾投げをやった。14M。
みんな20M以上は投げる。だから、はなはだていさいがわるい。
やっていると、
濃い霧の中から、牽引車に引かれたグライダァが、のっそりと現れた。

 外出であった。
 吉沼で、まんじゅを喰った。
 卵を買った。米を一升買った。
 仕出し屋で、それをたいてもらった。
 十一屋さんでカルピスをごちそうになった。

 十一屋さんで、沢田と云う人の書いた、
 『乗越し』と云う随筆を買った

 夜、

3月22日 【水曜日】

 飛行場のはしに、ジャガイモの畑をつくった。
 ひるからは、休養であった。
 岩佐班長にたのまれていた作業衣の洗濯をざっとやって、
 床の中へ入って、昨夜亀山がくれた砂糖をなめながら
 『乗越し』を読んだ。

 きのう、大砂で買った七味トウガラシを、味噌汁やおかずに入れて食べている。うまい。

 4月中頃、初年兵が入ってくると云い、四年兵が満期すると云う。本当らしい。
 この機会をのがしたら、もううかびあがるときはない。
 しまいまで下積みであると、木俣が云う。操縦見習士官のことである。

 毎晩、飛行場で軍歌演習をする。
 残留の人員が少ないので、毎晩不寝番。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

21日の日記の最後は、「夜、」で終わっている。
誰かにみつかりそうになったのか?



竹内浩三「筑波日記」は、
「五月のように」さんより転載させていただきます。
http://www.h4.dion.ne.jp/~msetuko/tkozo/takeutisakuhin.html

なお、竹内浩三著 小林察編 「日本が見えない」(藤原書店)より
筑波日記 全文と写真版を参照させていただいています。

http://www.fujiwara-shoten.co.jp/shop/index.php?main_page=product_info&products_id=510&cPath=177_222
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by anzu-ruyori | 2012-03-23 13:33 | 浩三さん(竹内浩三)
「隠された被災地」である栃木県から、
伝統を守ってきた窯元が展覧会をおこないます。

2011年の震災で登り窯が崩れ、作品もたくさんが失われたそうです。
どうぞ、伝統の技をごらんください。

f0032106_16254713.jpg

:::::::::::::::::::

小砂焼展「金結晶の世界」

会期:3月20日(火)~3月25日(日)
会場:ギャラリー唯
   (京都市左京区岡崎円勝寺町91 岡崎神宮道グランドヒルズ1階)

http://www.kyoto-art.net/map/#152

小砂焼は幕末、徳川慶喜の実父で尊王攘夷思想の急先鋒として井伊直弼と激しく
対峙した水戸藩主徳川斉昭の発案のもと、益子焼に2年ほど先んじて開かれた窯
場ですが、交通の便の悪い山間の地理的条件がネックになって大きな発展を見る
ことなく細々と続いて来た職人の里です。

民芸運動の浜田庄司もこの土地に何度も足を運んでいたそうですが、結局立地の
面から鉄道がある益子を選んだようです。

現在那珂川町(旧馬頭町)には7軒ほどの窯元がありますが、幕末の他国の脅威と
内政の混乱、関東大震災や第二次世界大戦など、辺境にある小砂焼は、訪れる時
代の転換点で注目されては忘れられるという盛衰を繰り返して来ました。

そんな中で180年のあいだ唯一絶やさず窯に炎を入れ続けて来たのが藤田製陶所
です。

昨年の3月11日には震度6強の地震に見舞われて大量の製品が壊れ、登り窯が土煙
を上げて倒壊しました。
6代目の主の藤田真一さんが、先代の意匠にさらに改良を加えた登り窯を計画し
ているところです。

藤田ご夫妻は、製陶とは別にコンサートをはじめとして各種のイベントを企画し
て地域の活動の中心的な役割をになっている方たちです。

京都展もお勧めですが、関東に来る際には是非窯元まで足を運んでみてください。
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by anzu-ruyori | 2012-03-20 16:23 | アート
3月19日 【日曜日】

 雪がつもっていた。
右廊下に干しておいた衣袴が、まっ白に雪をかぶって、ぱりんぱりんに凍っていた。
 けれども、雲一つない、いい天気になった。

 雪が、びしょびしょととけはじめた。雪どけの水が、地面を音をたててながれた。
屋根からは、雨のように水がながれおちた。木々からは、雫が夕立のようにおちた。
そして、地面からも、自動車からも、どぶ板からも、湯気がたちのぼった。

 一日、なんにもせずにくらした。
 夕方になると、曇ってきた。

3月20日 【月曜日】

 五時に全員起きた。
 中隊の大部分が、きょう、九州へ立つ日である。
 七時。雪のひひと降るなかを、元気よくと云うほどでもなく、
 元気なくでもなく、中ぐらいの元気さで出かけて行った。

 「鬼のおるすに洗濯」と云うような気分になるなと、週番士官によってとどめを刺された。

 雪が雨になった。ビショビショとよく降った。なんにもすることがない。

班内ですこしばかり銃剣術をさせられた。気合の入らないこと、はなはだし。

 ひるから、外套など着こんで、のんびりとやっていると、志村少尉が怒った。でたらめだと云う。

そして戦陣訓の学科となった。
朝日新聞から出ている『山崎軍神部隊』と云う本を読んで聞かせてくれた。
その文の、映画的なのにおどろいた。

 あしたの春季皇霊祭は、外出できる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「山崎軍神部隊」は、1943年アッツ島玉砕の軍記小説。


竹内浩三「筑波日記」は、

「五月のように」さんより転載させていただきます。
http://www.h4.dion.ne.jp/~msetuko/tkozo/takeutisakuhin.html

なお、竹内浩三著 小林察編 「日本が見えない」(藤原書店)より
筑波日記 全文と写真版を参照させていただいています。

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by anzu-ruyori | 2012-03-19 23:16 | 浩三さん(竹内浩三)
3月18日

 この頃、ひまな時間がわりにある。だから、日記も長いのが書ける。
 朝、印かん入れを革でつくった。

 ひる、木村班長が、操縦士見習士官を受けるものはいないかと云いにきた。
40分ほど考えていてから、受けますと云いに行った。どうして受ける気になったと、
奥谷が云った。「ちょっといばってみたくなった」すると「その気持ちはようわかる」と云った。
涙の出るような気がした。

 宇野曹長が、ぼくの服のきたないのをとがめて、いつから洗濯しないのかと云った。
ほんとは、ここへ来てから、一度もやっていないのだけれど、正月やったきりですとうそを云うと、それでもあきれていた。さっそくせいと云うので、雨がじゃんじゃん降っていたけれども、白い作業着に着かえて、洗濯をした。

 ロシヤの小説をよむとよく、温い一隅と云うことばが出てくる。
たとえば、チェホフの「殻の中の男」にも「自らを嘲り、自分自身に嘘をつく_こうしたことも、一辺のパンのため、暖い一隅のためなのですからね」

 この手帳は、ぼくの「暖い一隅」とも云える。

 風呂のぬるいこと、またかくべつであった。つかっていてもふるえた。
外に出たら、雪になっていた。

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竹内浩三「筑波日記」は、

「五月のように」さんより転載させていただきます。
http://www.h4.dion.ne.jp/~msetuko/tkozo/takeutisakuhin.html

なお、竹内浩三著 小林察編 「日本が見えない」(藤原書店)より
筑波日記 全文と写真版を参照させていただいています。

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by anzu-ruyori | 2012-03-19 23:00 | 浩三さん(竹内浩三)
3月17日 【金曜日】

 明けがた、小便をしに起きると、となりの佐藤伊作君も起きていて、
床にはいると、「もう、春らしいなってきたなぁ」と云った。

 九州で使う落下傘を、汽車につむ使役で、トラックに落下傘と一緒に乗って北条まで行った。
駅に着くと、もう先に梱包積み込みの使役の連中が、つみこんだり、貨車押しをやったりしていた。それと一緒にひるまで、やっていた。帰りは歩いて帰った。

 梅が咲いていた。
 その梅の枝に、鶯のかごがかけてあった。
 お寺のように大きい、わらぶきの家で、
 おじさんがお茶をのみながら、
 梅を見ていた。

 今度の三班は、うるさい古兵がいないので、気がのどかでよい。
 それに近頃、あんまり鳴らないけれども、ラジオに近くなったのも、よい。

 ふと気がついたら、メンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルトを鳴らしていた。
ラジオの真下へ行って、口をぽかんと開けて、聴きこんだ。
風呂から上って、カルピスを飲んだように、その甘い音が、体へここちよくしみこんだ。

 白ペンキがあったので、酒保で買ったたばこ入れに、魚の模様をかいた。
しゃれたものができて、気に入った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はがき小説  鳥ト話ヲスル老人 は、このとき思いついたのであろうか?


筑波山麓ニ、小鳥ト話ヲスル老人ガイルト言ウノデ、
休ミノ日ニ、会イニ行ッタ。西洋ニエライ坊サンガイテ、
ソノ人モ鳥ト話ヲシタソウダガ、コノ老人モ又ソンナフシギヲヤルノカト
思ッテ見テイルト、話シダシタ。ヒバリノヨウナ小鳥デ、ピイチクピイト言ウト、
老人ハ口ヲスボメテ、パアチクパアト言ッテ、ドウデスコノトオリト、ボクニジマンソウニシ、
又パアチクパアパア言ッタ。一体ソレハ人間ノコトバニスルトドウ言ウ意味カ、ソレヲ教エテ
モラワンコトニハカンシンモデキヌデハナイカト言ウト、西洋ノコトバヲ日本語ニ訳スルノトコノコトヲ同ジヤウニ考エルトハ、小鳥ニ長グツヲはかせるようなバカゲタコトデスワイト、笑ッテイルタ。



竹内浩三「筑波日記」は、

「五月のように」さんより転載させていただきます。
http://www.h4.dion.ne.jp/~msetuko/tkozo/takeutisakuhin.html

なお、竹内浩三著 小林察編 「日本が見えない」(藤原書店)より
筑波日記 全文と写真版を参照させていただいています。

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by anzu-ruyori | 2012-03-19 22:53 | 浩三さん(竹内浩三)
3月16日

 中隊の軍装けんさや聯隊の軍装けんさがあったけれども、こちらには用がないので、班内でボウとしていると、一日たった。

 夜になると、きのうの映画のやりなおしがあった。外套を着こんで見に行った。
 電気の具合が悪いとかで、桶に塩水を入れて青い火花を出してみたり、
 いろいろやっていたが、らちがあかない。とどのつまりが、中止になった。

 星の飛行場が海のようだ。

 便所の中で、こっそりとこの手帳をひらいて、べつに読むでもなく、友だちに会ったように、
なぐさめている。そんなことをよくする。この日記に書いていることが、実になさけないような気がする。こんなものしか書けない。それで精一っぱい。それがなさけない。もっと心のよゆうがほしい。

 中井や土屋のことを思う。よゆうのある生活をして、本も読めるだろうし、
ゆたかな心で軍隊を生活し、いい詩やいい歌を作っているだろうなと思う。

 貧しいことばしか持たない。だんだんと、ことばが貧しくなるようだ。

 消灯前、ケダラケノ夜。頭
 コウコウトツカラ人ノ声、ケダラケ。
 クルブシ、ウルブシ、ケブル電燈。
 床ヤ毛布ノ光沢。声ガサクソウシ。
 外ニハ星ガアルダラウシ、
 飛行場ニハ、枯レタ土ガアルデアラウ。
 飯盒ノ底ニカラカラノ飯粒ガアルヤウニ、
 虫ノヤウナ眠リヲモッテ
 太陽ニ無感覚デ、ヨゴレタ服ヲキテイル。

挺進部隊本領
 挺進部隊は全軍に挺進し、偉大なる空中機動力を以て
 最も緊要なる時機に於て、長駆よく敵を奇襲し、敵の戦略要点を確保し、
 戦捷の途を拓くものとす。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コウコウトツは、後頭骨か?
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by anzu-ruyori | 2012-03-19 22:33 | 浩三さん(竹内浩三)
大槌町で、被災された女性が二人のお兄さんを捜索しながら撮られた写真です。

ぜひ、お運びください。

*****************

写真展「大槌 被災後の一年」+復興支援グッズ販売
Otsuchi: 1 year since 3.11 Tohoku Great Disaster

岩手県大槌町に県下でも最悪と言われる被害をもたらした東日本大震災から
まもなく1年。

その間の町の様子を写した写真約80点の展示と、復興支援を
目的とした被災者の手作り品の展示即売を行います。

日時  2012年3月13日(火)~18日(日) 10:00~20:00
場所  京都市国際交流会館kokoka 京都市左京区粟田口鳥居町2-1
    姉妹都市コーナー・展示室(2F)
入場料 無料

撮影者:伊藤陽子さんより
「あくまで自分の記録としてとり始めたのがこれらの写真の原点です。
津波で兄2人が行方不明となり、探しながら撮って歩いたので、3月と4月は地域に
偏りがあるかも知れません。道路事情やガソリンの関係もあり、数ヶ月後にやっと
入った地域もあります。自分自身、以前の街並みなど記憶の薄れている部分もあり、
避難所にいて地震翌日の町の様子を見れなかった人たち、復興に向けて支援してく
ださった多くの方たちと、感謝の気持ちを込めて共有したいと思い、この写真展を
開催することにしました。

大槌町のゆるキャラ おおちゃんとこづちちゃん!

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おおちゃん(こづちちゃん人形)(大) 500円
おおちゃん(こづちちゃん)ストラップ 400円
復興ひょうたん島ストラップ      700円

その他、手作りたわしなどがあります。

ネット販売はこちら
http://guruttootsuchi.cart.fc2.com/

主催 NPO法人 まちづくり・ぐるっとおおつち
    http://www.guruttootsuchi.org/
   (財)京都市国際交流会館
問い合わせ NPO法人 まちづくり・ぐるっとおおつち(岩手県大槌町)
      TEL 080-3192-2125(担当:千田悦子)
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by anzu-ruyori | 2012-03-16 22:08 | 平和 自由