逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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小川未明の野ばら 

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ここは都からとおい、国境こっきょうであります。
そこには両方りょうほうくにから、ただ一人ひとりずつの兵隊へいたい派遣はけんされて、国境こっきょうさだめた石碑せきひまもっていました。
おおきなくに兵士へいし老人ろうじんでありました。そうして、ちいさなくに兵士へいし青年せいねんでありました。



   毎日顔をあわせていたふたりは次第に仲良しになっていきます。
   日がな一日将棋をしたり、同じ風景をみて心穏やかにすごしていました。
   ところが・・・


やがてふゆって、またはるとなりました。ちょうどそのころ、この二つのくには、なにかの利益りえき問題もんだいから、戦争せんそうはじめました。そうしますと、これまで毎日まいにちなかむつまじく、らしていた二人ふたりは、てき味方みかた間柄あいだがらになったのです。それがいかにも、不思議ふしぎなことにおもわれました。

「さあ、おまえさんとわたし今日きょうからかたきどうしになったのだ。わたしはこんなにいぼれていても少佐しょうさだから、わたしくびってゆけば、あなたは出世しゅっせができる。だからころしてください。」と、老人ろうじんはいいました。

     
    青年は、仲良しになった老人を殺すことなんてできません。
    戦争をしている北のほうに、いってしまいました。
    ひとり残った老人は、毎日青年のことを案じながらすごしていました。 

   小川未明「野ばら」より
  
    つづきは、青空文庫「野ばら」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

息子の公演が、近づいてきた。
題名は「未明」大正から昭和のはじめにかけて、活躍した童話作家、小川未明の作品がモチーフ。

「野ばら」を読んで、少しびっくりした大正時代にかかれたのに、まるで今の政情を暗示しているような寓話だ。
そして、20代の人たちがこれを選択したことに、複雑な気持ちがしている。
大正時代が大戦の狭間、日中戦争前夜であったように、今もそのような気配を彼らは感じているのだろうか。






【公演情報】
ユバチ#3『未明』

構成・演出:田中史明
演出・出演:飯坂美鶴妃、小倉笑、菅一馬、前田愛美、柳泰葉

原作:小川未明

日時
2018年
1月13日(土)15:00、19:00
1月14日(日)14:00
*開場は開演の20分前

会場
京都芸術センター

詳細
http://www.gekken.net/actorslabo/cn31/pg647.html


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by anzu-ruyori | 2018-01-12 00:17 | アート
毎月第一水曜日は、日本軍「慰安婦」問題の水曜日行動 

今月1月は、第二水曜になりました。

ことしから、毎月の行動のとき、スピーチしようと思います。

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                                         PHOT by Toshiya Morita

2018 1 10のスピーチ原稿

こんばんは

私は左京区に住んでいるあんずといいます。 

毎月一回 ここで日本軍慰安婦問題の解決を求める街頭活動に参加しています。

以前、私はここで若い男性に「どうしてこんなことをしているのですか?」と
尋ねられたことがあります。

いま、ここを歩いておられるみなさんもそう思ったり、邪魔だなとか、
自己満足だなとか、自分には関係ないと思っておられるでしょう。

でもわたしには、日本軍慰安婦問題は関係あるんです。

私がはじめて日本軍慰安婦のことを知ったのは高校の図書館です。
40年くらい前です。

朝日グラフの太平洋戦争特集でした。

1ページ分の女性の大きな写真がありました。

明るい日差しの屋外で白い上質な西洋式のかわいらしい下着姿の女性が
カメラを堂々と見据えてポーズを取っています。

将校つきの慰安婦とキャプションがありました。
髪は日本髪だったかもしれません。

私は彼女が「カッコいいな」と思いました。

それから、30年ちかくたって、2004年、はじめて、日本軍による性暴力被害の女性の証言をききました。

夜中に家から連れ去られ列車に乗せられていくさまを詳細に話してくださいました。
トラジ(ききょう)の花が、ゆれているその光景を、私もみたような気持になりました。

兵隊が満載された船に数名の女性がのせられて、なにがあったか、
みなさん、想像してくださいといわれました。

そのとき、語ってくださった韓国のイ・ヨンスさんは80歳をこえて今も活躍されています。

この写真のソン・シンドさんは昨年、12月16日に亡くなられました。96歳でした。

慰安婦被害を名乗り出た日本で暮らすただ一人の女性でした。

ソン・シンドさんは、望まない結婚から、のがれてきたところを、仕事があると騙されて日本軍慰安婦にさせられました。

戦後、宮城県の女川でくらし東京の支援団体の協力で日本政府に謝罪と賠償を訴える裁判を提訴されました。

結果、慰安婦被害があったことは認められましたが、40年以上経っていたため訴えは、棄却されました。

ソン・シンドさんは裁判にはまけたけれど

「オレのこころは負けてない」

と力強くいわれました。

そのソンシンドさんが、2011 東日本大震災のあと、自宅が津波でながされて行方が知れないと
メールで知ったときの自分の心の動揺を今もよくおぼえています。

あんな酷い経験をして、いま、ようやく静かに晩年をすごしていたのに、最後の最後に津波で命を落とすなんて、
あまりにもあまりにも、理不尽すぎる。

まだ、日本政府に謝罪も賠償も実現していないのに、とどうしたらいいのか、立ち尽くしました。

幸い、数日後避難所におられることがわかり安堵しました。

偶然、その日はソンシンドさんの家の前の道が工事中で、
その工事の作業員さんがソンシンドをおんぶして避難してくださったそうです。

ソンシンドさんが、この日本でひとのやさしさに命をすくわれたことを本当によかったといまでも涙がでてきます。

慰安婦にされた女性の数は何千人いたか、わかりませんが、私はそのうちの何人かの勇気ある女性を知っています。

だから、慰安婦問題に私は関係があります。責任があると思っています。

わたしが、高校生のとき、カッコいいとおもった将校つきの慰安婦女性は戦後を生きることができたでしょうか。


ここで毎月一回街頭活動をして、誰かおひとりにでも慰安婦問題に自分も関係あるかもと思ってもらえたらいいなと私は思っています。

以上。
                                     

                  宋神道(ソン・シンド)さん


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by anzu-ruyori | 2018-01-10 23:12 | 平和 自由