逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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母が作ったえんどう豆を、一緒に収穫した。
父がTVの前で、背を丸めて さやをむいてくれた。

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市民農園のちいさな区画の中で、季節の野菜を作っている父と母。
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# by anzu-ruyori | 2015-05-09 00:08 | 日々ログ
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ことしも、浩三さんの誕生日がきます。

1921年(大正10年)5月12日が、竹内浩三さんの誕生日。

その日の竹内呉服店の晴れやかさと、
母よしの憂いと、父善兵衛の喜びと 姉こうさんのとまどい

いまよりずっと、にぎやかな宇治山田の駅前の
海鮮問屋や海苔屋や材木屋のならぶ商店街に
大八車や人力車や馬車が走っていただろう

その日も麦の穂がのびていただろう
夕方には、かわほり(蝙蝠)が、飛んでいただろう

竹内呉服店の軒先には、つばめの巣があっただろうか



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

竹内浩三 生誕祭

5月10日(日)午後2時~4時

場所 伊勢市岩淵 赤門寺正寿院 

入場無料


プログラム

詩の朗読  厚生中学美術部
        宇治山田高等学校、伊勢高等学校有志
        明倫小学校有志

お話と朗読  よしだみどり
         庄司乃ぶ代
         岡田美代子
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# by anzu-ruyori | 2015-05-07 22:34 | 浩三さん(竹内浩三)

調光操作卓と「漂着」

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これ、舞台照明の「調光操作卓」練習用 。

子ども(25歳)、
大学卒業後していたコンビニ深夜バイトは、去年でやめて、
今は時々ホテルの披露宴会場で照明のアルバイトをしている。
ダークスーツで出勤。5月は毎週日曜。結婚シーズン。
大きな会社の人や公務員が多いという。

そして、スポットライトを担当していたが、こんど調光卓の操作をしなくてはいけないらしく、
スケッチブックに、「紙調光卓」を作って、操作の練習をしていた。

私の連想は、「紙鍵盤」・・・ピアノの。
「紙キーボード」・・・ワープロ、パソコンの。

かつて、ピアノもパソコンも家になかったから、自宅練習は「紙」の上だった。

しかし、「紙調光卓」とは。

まじめか。まじめだ。

演劇をしている。


次回公演は、6月。京都公演のあとは、香港、マカオ 大阪 津 東京とつづく。

がんばれ。

下鴨車窓#12『漂着(island)』

http://tana2yo.under.jp/cn17/pg238.html


まだまだ、どこにも「漂着」しそうにない、流れ出してもいないような「ニート」な彼は
この芝居を機に、どこに流れていくのだろう。

しかし、きょうは、まだ うちに「漂着」してこないな~。
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# by anzu-ruyori | 2015-04-27 00:00 | 日々ログ
2009年9月以来 参加している「朗読劇 ガザ希望のメッセージ」を、
2月に大阪市と津市で公演します。

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↑ 2014年 京都YWCA 

この朗読劇は、2007年12月~2009年1月のイスラエルによる
ガザへの攻撃をうけて制作され、
日本にいる私も何かしなくては、という思いで参加しています。


2009年 9月京都 (多目的カフェかぜのね)
2010年 3月広島 (カフェ コパ)
2011年 5月京都 (京都大学 中東学会)
2011年12月京都 (京都国際交流センター)
2013年12月東京 (東中野ポレポレ座)
2014年 1月京都 (YWCA)

と、6回の公演を重ねてきました。

そして、朗読劇の舞台ガザでは 2007年の攻撃のあとも、
イスラエルからの攻撃と封鎖がつづいています。
昨年2014年7月の攻撃では2000人以上の死者がありました。
ほとんどが、非戦闘員で子どもも多く含まれています。

たくさんの方に、この朗読劇を「体験」していただき、
ガザの人々を思ってもらいたい気持ちでいっぱいです。

お早目のご予約をお願いします。

 2月1日  大阪 ドーンセンター  
 
 2月8日  三重県津市  中央公民館ホール

事前予約 1500円  (障がいのある方及び介助の方・学生 800円)
当 日  2000円  (同 1300円)

〇予約・お問合せ ※メール、またはお電話でお願いします。

大阪 080-5314-1539(つくい)、 tsubamegekidan@gmail.com (つばめ劇団)

三重 059-229-3078(FAX兼)、090-1239-1410(宮西)、syashinten@za.ztv.ne.jp


http://readers-without-borders.org/

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# by anzu-ruyori | 2015-01-05 12:11 | 平和 自由 

竹内浩三展@松阪

松阪の本居宣長記念館で8月8日~10日まで、竹内浩三展が開催されました。

台風の影響で、私は展示にまにあいませんでしたが、松阪の夕景をみることができました。

台風一過の不思議な雲が。浩三さんの好きな、空の雲。

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考えよう 平和だからできること 竹内浩三展


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吉田館長
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高岡元館長
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 筑波日記2冊
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           新史料、浩三さんの蔵書印のある「夢二スケッチ帖」


「伊勢に生まれ、戦時下に生きる若者の心を清新に詠った竹内浩三(1921-1945)。
浩三よりさかのぼること約120年、松阪で「古事記伝」などを著し古典研究に大きな足跡を残し亡くなった本居宣長(1730-1801)。

この二人には幾つかの共通点があります。伊勢国の商家の生まれであること、しかし商才には恵まれず、代わりに文才を発揮し世に出たこと。また早くに父を亡くし、若年から一家の当主としての地位を得た事など。その生い立ち、境遇は似通っているといえるでしょう。


 しかし、その二人が各々の作品で表した「日本観」は大きく異なります。
浩三は『日本が見えない』で「オレは日本が見えない」と詠いましたが、宣長は最晩年の歌で「古事記のふみをら読めば昔の手振り言問い聞き見るごとし」と「日本がみえた」と詠みました。

 平和な時代を生きた宣長には見え、戦争の時代を生きた浩三には見えなかった「日本」。似た境遇といえる二人の思いを、これほどまでに隔てさせてしまった物は何だったのでしょうか。

 時代の違う二人の文学者に視点をおいて、「平和」と「人の心」について、考えてみませんか。」

主 催  「竹内浩三展」を開催しよう!実行委員会
     (コープみえグループ活動)

松阪空襲の証言などの企画もありました。開催準備、運営ありがとうございました。
次回を期待しています!
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# by anzu-ruyori | 2014-08-23 22:52 | 浩三さん(竹内浩三)
イスラエルのガザ攻撃が終わりません。私は喪章をつけて、仕事をしています。

ガザを悼み 平和を祈る キャンドルビジルを行います。

19日午後 7時から8時半まで、
京都 三条大橋


ぜひ、ご参加ください。

以下の写真は2013年12月27日 2008年ガザ攻撃から5年目を悼む雨のキャンドルビジル
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*****

みなさん

パレスチナ・ガザが大変なことになっています。
イスラエルによるすさまじい攻撃が続いています。
白昼堂々、住宅が密集した市街地にミサ イルを撃ち込み、無差別に市民を殺戮しています。

2006年来続く違法な封鎖によって、ガザに閉じ込められた180万もの人々が、
逃げる場もなく、攻撃にさらされているのです。
たくさんの子どもたちを含む200人以上の人々が殺されてしまいました。

2008年暮れの攻撃以来、この5年半の間で実に3度目の攻撃です。
目の前で、理不尽な人殺しが繰り返される。

こんなことはもうたくさんです。
私たちは「イスラエルは無差別殺人をやめよ」、「封鎖をやめよ」
という声を街頭であげることにしました。

19日午後 7時から8時半まで、
京都の三条大橋の上で、ピーススタンディングビジルを行います。

犠牲になったすべての人々に弔いの意を表すとともに、
イスラエルのジェノサイド的行為に抗議します。
キャンドルとメッセージボードを持って立ちます。
どうかご参加下さい。

参加にあたってはできるだけ黒っぽい服をご着用ください。
出来る限りご自分で作ったメッセージボードをご用意ください。

キャンドルは用意しますが、可能ならご自分でもご持参ください。
雨天でも行います。

ピースウォーク京都
つばめクラブ
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# by anzu-ruyori | 2014-07-17 19:50 | 平和 自由 

ガザ攻撃をやめろ★

いま、またイスラエルが、ガザを攻撃しています。

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土井敏邦さんのメール 拡散希望。(強調部分は、私が大文字にさせていただきました。)


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土井敏邦です。
ガザ在住の人権活動家ラジ・スラーニ氏に、現在のガザの状況について
7月10日、スカイプでインタビューしました。

多くの方に知っていただきたいガザの現実です。
この記事の拡散にぜひ力を貸してください。

                     7月13日 



「子どもたちの眼に羞恥ではなく、“誇り”をみたい」

―ラジ・スラーニ氏・インタビュー(7月10日)―


土井敏邦

(Q・今のガザの状況を教えてください)

 この新たな「戦争」は、3人のユダヤ人入植者が誘拐され殺されたことのきっかけですが、
イスラエルは事件があったヨルダン川西岸のヘブロン市だけではなく、西岸全体またガザまで攻撃の対象としたのです。西岸では大量にハマスの指導者たちを逮捕し、ヘブロン市とその周辺の村々に外出禁止令を敷き、家を一軒一軒捜査し始めました。

また住民の家々を急襲し、住民を脅迫し侮辱し、ハマスの指導者たちの家屋を破壊しました。
さらに以前ガザで誘拐されたイスラエル兵(シャリート)との捕虜交換で釈放された元政治犯のパレスチナ人を再び逮捕しました。その数は数百人に及びます。

イスラエル軍はパレスチナ自治政府の治安警察も無視して、少しでも不審だと思ったら、たとえ自治政府の人間でも射殺します。彼らはフリーハンドなのです
 3人のイスラエル人少年の誘拐・殺害後はイスラエルの中に怒りが渦巻き、パレスチナ人少年が犠牲になりました。モハマド・アブクデール(16歳)です。それがまた西岸で怒りと暴力の新たな波を引き起こしたのです。
 また同時に、西岸の事件とはまったく関係のないガザ地区でも、イスラエルは繰り返し、ハマスの指導者たちを暗殺すると脅迫しました。それも公にです。そしてイスラエルの世論は復讐を要求したのです。

 イスラエルは10日前(6月30日)からF16やドロン(無人飛行機)、アパッチ・ヘリコプターなどによってガザの攻撃を開始しました。

 いわゆる「クリーンな爆撃」と彼らは言います。


 それはガザ南端のラファから北端のベイトハヌンまで空爆し、個々人を標的して住民を殺すことはせず、
ただ住民の間に恐怖心を植えつけるというのです。そしてガザ全体には安全圏はないと感じさせるようというのです。

 しかしこの「戦争」の最初に、イスラエル軍は6人のハマス武装メンバーを殺害しました。つまりもはや「クリーン」ではないのです。ハマスはそれを受け入れることができません。
 イスラエルは自らの宣言を破ったのです。それでパレスチナ人側は報復しています。
つまりイスラエルが挑発し、この「戦争」は始まったのです。

 それがこの「戦争」の引き金なのです。イスラエルは当初から、ハマスが反撃を開始することを望んでいました。それに応戦し降伏させようと考えていたのです。

 その空爆のやり方は、気が狂ったように猛烈に激しい爆撃です。

 ガザ全体を爆撃し、標的にした者は確実に殺害し、破壊する。イスラエルは新たな作戦を作り上げ、12時間の間に24人を殺害し、220人を負傷させました。また85軒の家を破壊しました。

 その作戦は、例えば私、ラジ・スラーニがハマスがイスラム聖戦のリーダーであったとすれば、私がそこにいようといまいと、私の家を爆撃するのです。
 F16によってです。

 ガザ中部のハンユニスのアブ・カワレ一家がその一例です。5人の子どもを含む7人を殺害し、28人を負傷させました。ベイトハヌンのハマッド一家も同様に、近所の男性がコーヒーを飲んでいて、傍にハマッドの妻と母親がその部屋にいました。そのとき空爆され、孫たちを含め6人が死亡したのです。

 イスラエル軍は住民、家族を破壊し抹殺しようとしています。破壊とテロです。
 軍事的な攻撃目標などないのです。

  これまで犠牲者の中にハマスやイスラム聖戦のメンバーは6人から多くても10人ほどです。他の犠牲者は一般市民で、その数は今のところ87人です。その数は時間ごとに増えています。

 武装組織のメンバーたちの大半が地下にもぐって表には出てきません。だからイスラエル軍は彼らの家、農園、インフラを狙って攻撃するのです。そこに人がいようがいまいが構わないのです。

 住民の殺戮と負傷によって、住民に恐怖を植え付けようとしています。それが、200万人が暮らすこの360平方キロの広さしかない狭いガザ地区で起こっているのです。

 ここは世界でも最も人口密度の高い地域です。
イスラエルにはF16やアパッチ・ヘリコプターがあり武装艦船を持っています。それを用いて24時間、砲爆撃を繰り返しているのです。
 それだけでは満足せず、ある地域では地対地ミサイルまで用いています。
 誰も満足に眠ることができません。
 夜に動くものは、車でもモーターバイクでもすべて爆撃されます。即座に、です。夜の間、ガザをマヒ状態にしようとしています。

日中でもガザでは普通の車を使うことが困難です。
私は今60歳ですが、こんなことは私の人生の中で一度も経験したことがありません。



 この「戦争」、爆撃の前からガザ地区はとても特殊な状況に置かれていました。

これまで2度もイスラエルの激しい攻撃にさらされ、多くの建物は再建されてはいません。

また封鎖によって、ガザは経済的にも社会的にも窒息状態に置かれています。

その封鎖の影響はあらゆるところに及んでいます。ハマスとファタハの連立政府が成立したばかりですが、ヨルダン川西岸から新たな政府要人がガザへ来て業務を引き継ぐこともできません。ガザ地区は非常にひどい状況下にあるのです。

 現在、イスラエル軍の地上侵攻についての噂が大きくなっています。

イスラエルには大きな政治的な意見の分裂があります。ネタニヤフは気が狂っているかようです。

もしイスラエル軍がガザ地区に侵攻してきたら、多くのイスラエル兵が殺されます。

今は空爆によって、ガザはまさに「象が侵入した庭」のような状況です。

しかしイスラエル軍がガザに侵攻したら、何千人という兵士が殺されます。

一方、ガザ住民は少なくとも1万から1万5千人が殺されることが推定されます。

イスラエル軍はガザに侵入すると流砂の蟻地獄のような状況になります。

だからイスラエルの軍や諜報部門は侵攻を望んでいないのですが、政府が圧力を加えています
。しかもまったく仲介者がいません。ハマスはエジプト政権に、「我われはあなた方と話をしたくない。あなた方はイスラエルの側に立っていて、我われはあなた方を信用しない」と言っている。そのハマスの指導層の大半は地下に隠れています。彼らが表に出てくれば、即座に暗殺されるでしょう。

 この事態は短期間では終わらず、長期化すると私は思います。とても困難で、血にまみれたものになるでしょう。何日かではなく、何週間も続きます。


 ガザの住民はまだ抵抗を支持しています。ハマスに対する不平・不満はなく、イスラエルと彼らがやっていることに対して激しい怒りを抱いています。

またイスラエルを支持するアメリカやヨーロッパなどの立場と対応に怒っています。

2008-2009年、また2012年のガザ攻撃で犯した罪によってもイスラエルは何の罰も受けなかったので、自分たちは免罪され、やりたいことは何でも自由に行動できると思っている、と多くのガザ住民は感じています。

 ここで起こっていることは簡単です。ここは法が支配する世界ではなく、ジャングルの掟(おきて)が支配している世界なのです。


一般市民を保護する基本的で原則的な法さえ欠落しているのです。
私は今国際的な組織と接触をとっています。彼らは住民が標的にされ、多くの人が殺され、負傷していること、ガザ全体に医療品が不足していること、また病気や負傷した人が封鎖によって治療にエジプト側に出られないことをとても心配しています。


 あらゆるガザ住民が不安に震えています。まったく展望が見えないからです。

イスラエルはここでは「全能」です。

住民は苦しみ泣いています。それは道理にかなったことです。

私は最悪の事態が起こることを恐れています。時間が経つごとに、前よりさらに事態は悪化し、今日は前日よりもひどい状態になっています。



(Q・夜は動くものが標的にされる中、救急車は動けるのですか)

 爆撃は四六時中続いています。24時間ずっとです。夜に動く物体や人は全て爆撃されます。

(Q・もし夜に負傷した場合、どうやって負傷者を病院に運ぶのですか)

 とても難しい状況です。動くのがとても困難なのです。

昨夜、ハンユニスの海岸で爆撃がありました。住民はただカフェに座っていただけです。

電気もなく、テレビも見られない状態でした。それに対してイスラエル軍は海上の艦船から砲撃したのです。5人が死亡し、20人が負傷しました。

病院に駆け込むことができなかったからです。その1人は脚が切断され、本人がその切断された脚を抱えてジャーナリストたちに見せたのです。

とても困難な状況です。まったくイスラエルはガザ住民の被害など気にかけない。女性や子どものこともまったく気にかけないのです。

(Q・薬品や食料が不足しているとのことですが、説明してください)

 ガザの保健省の大臣が昨日(7月9日)私のところに電話をしてきて、病院で必要な医薬品の種類の25%が不足しているとのことでした。

さらに他の25%も明日までに底をついてしまうというのです。

今朝(7月10日)までの負傷者は520人です。

その負傷者のすべてに薬品や手術、縫合糸が必要です。その基本的な薬品がないのです。とても深刻な状況です。

いつもなら、エジプトとの国境が開かれ、エジプトやトルコやチュニジア、フランス、英国から医薬品や医者や看護師など医療関係者たちがエジプトから入ってくるのですが、今は誰も救援に来ません。

国境が封鎖されているからです。もちろんイスラエル側の境界からも入ってこれません。だから殺戮、負傷、破壊がさらに深刻なレベルとなっているのに、明日(7月11日)までに医薬品の種類の50%が底をついてしまうのです。


 ICRC(赤十字国際委員会)ガザ支部の幹部と昨日話をしましたが、2、3日の間に医薬品を搬入しようと試みていますが、それはわずかな量で、不足している薬品全てを補うものにはならないとのことでした。それさえできなければ、深刻な事態になります。


 それ以外にも、手術や透析のための電気が不足しています。
またガザ全体が燃料不足の状態です。だから事態はとても複雑な状況です。
これは人工的に生み出された大惨事です。


(Q・食料は?)

 今のところ、食料は大丈夫です。もちろんいい状況ではありませんが、人々はなんとかしのいでいます。

ガザ地区では野菜や果物などが生産できます。しかし長期的にはわかりません。
イスラエル側から物資が入ってくる検問所は今、機能していません。だからまもなくこの問題が深刻になるでしょう。

 ガザ住民の85%に食料を配給しているUNRWA(パレスチナ国連難民救済事業機関)は深刻な危機にあります。深刻な財政難のためであり、食料を搬入できない状態です。すぐに食料配給ができない状況に追い込まれます。しかも今はラマダン(断食月)です。


(Q・ラファとエジプト側との地下トンネルはどういう状況ですか。機能していますか。イスラエルがトンネルも爆撃していると聞いていますが) 


 全体としてトンネルは機能していません。物資の搬入は枯渇しています。

この2、3日間、ガザ・エジプト間の14キロの国境線沿いの地域全体をイスラエル軍は爆撃しています。しかも特殊な爆弾によってです。とても大きな重量の爆弾です。

(Q・外国のジャーナリストはガザにいるのですか)

 昨日から外国人の存在を確認できました。昨日になってやっとできたのです。

BBCワールド、BBCチャンネル4、BBCラジオ、それに「シュピーゲル」などドイツのメディアなどです。

だから昨日から外国のメディアの存在について話ができるようになりました。

特派員たちがガザに入ってきています。

(Q・2012年のガザ攻撃と今回では何か違いがありますか)

空爆のレベルも質も違います。

今回はF16、ドロン(無人飛行機)、アッパッチ・ヘリコプター、地対地ミサイルなどあらゆる武器を用いています。また標的もガザの指導者たちの大半の家を攻撃しています。

すでに125軒のハマス指導者たちの家が破壊されました。ハマス指導者たちは誰もがその家を破壊され、さらに死傷者が出ています。

 もちろん2012年のガザ攻撃もひどいものでした。しかし今回は住民を心底からの恐怖に陥らせています。

前回はイスラエルも一般市民の被害を避けようと注意を払っているようでした。

しかし今回は誰もがこの攻撃から自由にはなれないのです。

自分の家に留まっていたとしても、比較的静かな地区に住んでいても、家が空爆の衝撃で揺れるのです。

家の天井が自分の頭上に崩れ落ちるのでは感じるほどです。非常に危険な状況です。

 この状況は前例はありません。こんな事態に直面したことがありません。

(Q・なぜイスラエル軍はハマスの指導者たちを攻撃できるのですか。情報をイスラエル側に流すパレスチナ人の「協力者」がいるのですか)


 「協力者」(collaborator)はいつでも存在します。占領者がいる所には必ず「協力者」がいる。

彼らが占領者イスラエルの眼、耳、鼻、手となっています。とりわけF16やドロンには協力者が必要です。「協力者」たちは標的の家や車を特定します。その動きや武器倉庫などの情報をイスラエル側に流します。

 イスラエルはハマスやイスラム聖戦のメンバーたちに「死刑判決」を下し、それを実行しています。
しかもそれを彼らの権利だと思っている。例えばラジ・スラーニを殺そうと思えば、私の家を爆撃し破壊する。

そして家族を殺す。これは戦争犯罪です。誰も暗殺する権利はないのです。組織の指導者たちを「懲罰」するためにこれほど冷血な手法で殺害し、家を破壊することは許さないことです。

ジュネーブ条約や国際刑事裁判所でもこれは戦争犯罪です。これは全く違法な行為です。

(Q・世界の眼はイラクやシリア情勢に向き、ガザの情勢だけに注目しない状況です。また3人のイスラエル人少年の誘拐と殺害が事の発端であると報道されています。このような国際社会の見方にあなたはどう反応しますか)

 シリアやイラクの問題はあります。イエメンやエジプトやチュニジアの問題もあります。
パレスチナだけが特別な問題ではないことはわかっています。

 しかし我われはこのタイミングを自ら選んだわけではありません。
 もう1つ忘れていけないのはブラジルでのワールド・カップです。世界の関心がそこに向かっている時期です。

 しかし私が腹の底から感じるのは、今のガザの状況の特別な“空気”です。

一般に国際社会が事態を理解するのに2、3日を要します。今ここで起こっている事態を国際社会がやっと把握し始めています。


今回のようにテルアビブやエルサレム、昨日のディモナ(イスラエルの核施設のある町)、ハイファへのパレスチナ側のロケット弾攻撃はこれまでにない事態です。

テルアビブはマヒ状態にあります。多くの市民がシェルターに隠れ、この3日間は学校や仕事に出られない状態です。イスラエル人はこの事態に怒っています。

彼らは今ジレンマに陥っています。セキュリティー(安全)に不安を感じ、今は「抑止力」について話を始めています。しかし誰も抑止できないのです。

ガザからのロケット弾攻撃はずっと続き、ガザ住民は降伏もしません。自分たちの強靭さを自覚しています。

もちろん住民はイスラエルの攻撃に苦しみ、恐怖に怯えています。


しかし同時に、この攻撃を甘受し何の抵抗もしない「いい犠牲者」でいいと思っている者はだれもいません。

中にはこの被害を自分たちが求めているものを手に入れるための“代償”なのだと考える者さえいます。我われは「いい犠牲者」にはなりません。

他のアラブ世界からも連絡が届いています。エジプトからもです。この2日間に驚いたことにエジプトの知人から電話をもらいました。

彼らは「パレスチナ・ガザへの連帯」と言うのです。彼らもとても動揺し、とても後ろめたく感じています。これがパレスチナとそれを取り巻く“空気”です。

パレスチナで起こっていることを誰も無視できません。これまでイスラエルといろいろ共謀してきた自治政府のアブマーゼン(大統領)でさえです。西岸のパレスチナメディアも変わってきています。パレスチナTVは24時間体制でガザの状況を伝えています。西岸のメディアがです。


西岸の住民はガザ攻撃に抗議するデモをやり、イスラエルに対する抗議行動を起こし始めています。

国連の安全保障会議では、私はナンセンスだとは思うけれど、協議が行われています。

国際刑事裁判所もイスラエルを非難し始めています。アブマーゼンはイスラエルを非難し始め、「この事態は決して受け入れがたいことだ。ひどすぎる」と公言しています。

彼ははハマス指導者のメシャルと電話で会談し、またエジプト側に国境を開けるように要請しました。

(Q・昨日、あなたは私に「人間の尊厳が命より大切だ」と言いましたが、爆撃で家族を殺された住民の中には「ハマスのロケット弾攻撃のために自分たちはイスラエルの攻撃によって、さらに苦しまなければならない。後生だから、ロケット弾で攻撃するのは止めてくれ」という住民も少なくないと思いますが)


もちろん多くのガザ住民は「人間の尊厳が命より大切だ」ということに賛同しないかもしれない。

我われは弱い人間だし、個人の利益を最優先に考えがちです。「人間の尊厳が命より大切だ」というのは、私自身について言っているのです。ただ私だけではく、私の周囲の理性的な人もそうです。

この封鎖や攻撃の後は、ガザは“動物農場”のような状況です。

封鎖、失業、貧困、分断、爆撃、殺戮、流血・・。下水道も管理できず、下水を海に流さなければならず海を汚染している状態、自分の運命も自分で決められず、建設的な生活をすることもできず、普通の人間のように行動することもできない。

だからガザの人々はもう失うものはないのです。


この悲惨な状況、非人間的な状況に置かれているのです。

私たちは今すぐにはパレスチナを解放できなことはわかっています。

しかし少なくとも人々はイスラエルの抑圧と攻撃を甘受するだけで抵抗しない「いい犠牲者」ではありたくはないのです。

人間としての“誇り”と“強さ”を持ちたいのです。



たしかに人々は流血し、気を失い、すべてを失ったという絶望感もある、

それでも人々は自由と人としての尊厳を大切に思っているのです。


そして自分の子どもたちの眼に、羞恥ではなく、“誇り”をみたいと願っているのです。




ラジ・スラーニさん プロフィール

Raji Sourani
パレスチナを代表する人権活動家、オピニオン・リーダー。
1995年、ガザ市で「パレスチナ人権センター/Palestinian Center for Human Rights(PCHR)」を創設。イスラエル占領時代、5年近く逮捕・拘留され、激しい拷問を受けた。
長年の人権擁護の活動は国際的に高く評価され、ロバート ケネディ人権賞(1991年)、フランス人権賞(1996年)などを数々の国際的な賞を受賞。2013年12月には、“第二のノーベル平和賞”ともいわれるライト・ライブリフッド賞を受賞。
1953 年、ガザ市生まれ。

http://doi-toshikuni.net/j/info/raji2014.html
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# by anzu-ruyori | 2014-07-13 17:47 | 平和 自由 

二十四までをそだてしや

このブログでは、子ども(息子)の誕生日のことを、何度かかきつけてきたが、
ことしの1月(29日)は何事もなく、ケーキすら用意しなかったので、スルーした。

ちょっときょうはその子どもネタ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

息子は、24歳になった。

24歳といえば 与謝野晶子さん

「君死にたまふことなかれ」

あゝおとうとよ、君を泣く
君死にたまふことなかれ

末に生まれし君なれば
親のなさけはまさりしも

親は刃をにぎらせて
人を殺せとをしへしや
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや

(つづく)


中学で知ったこの詩を、ちょっと暗唱していたこともあった。

この「君」は弟さんのことで、日露戦争に出征した。(無事生還)



「にじゅうしまでをそだてしや」

私は息子をなんのために「にじゅうしまでをそだてしや」?




とりあえず、健康(こないだ過剰なダイエットで倒れ、救急病院にいきましたが)で
なぜか、私の20代とおなじように、芝居をしている。




次回公演。

デ・6
アトリエ劇研舞台芸術祭参加作品
『もう、これからは何も』


2014.6.12thu - 16mon
12(木) 19:00 -
13(金) 19:00 -
14(土) 14:00 - / 19:00 -
15(日) 14:00 - / 19:00 -
16(月) 14:00 -

アトリエ劇研
前売・当日共 2000円

予約は、下記のURLへ
https://ticket.corich.jp/apply/54441/003/


ユニット「デ」HP

http://de-kyoto.jugem.jp/?cid=3

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# by anzu-ruyori | 2014-06-08 18:24 | 日々ログ
つつじの花が咲くように 咲くように 咲いていますね

筑波日記 5月19日より)

ことしも浩三さんの誕生日 5月12日が やってきます。 93歳。

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昨年は、誕生祭のあと 新しくできた詩碑をたずねたり、翌日は 自衛隊の久居駐屯地を見学したのだけど、
ことしは、用事あり 私は伊勢にはいきません。

京都から、浩三さんをおもって盛会を祈ります。

歓喜して生きよ!ヴィヴェ・ジョアイユウ (「五月のように」より)


【竹内浩三生誕祭】

2013年 5月11日 午後2時から4時

ところ 伊勢市 赤門寺正寿院(宇治山田駅より徒歩15分)
 
入場無料 参加申し込み不要

主催 竹内浩三を読む会
後援 伊勢市教育委員会

連絡先 赤門正寿院  伊勢市岩淵3-4-25
  0596ー28-4540


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1944年 5月12日の日記 @筑波 23歳 


5月12日 【金曜日】

 みどり葉の五月。ぼくのたん生日である。

 外出した。麦が穂を出していた。十一屋に大岩照世夫妻がきていた。宗道まであるいた。

 みどり葉の五月。
 面会にきてくれると、
 ぼくは、もっと、もっと
 ものを云いたいと、あせりながら、
 ものがあまり云えなくなる。
 いつもそうだ。どうでもいいようなことに、ことばをついやしてしまう。

 かすれた接触面をもつ。
 赤いうまいリンゴであった。
 下妻でミルクを飲んだ。カツとテキをたべた。スシをたべた。
 街をあるきまわっていた。
 クローバの草原の上でやすんだ。
 もっとものを云いたいとおもっているうちに、時間がすぎた。
 酒をのんだ。
 みどり葉の五月。むぎばたけの中を帰った。

 『春をまちつつ』と『種の起源』と『日本書紀』をもってきてくれた。

 夜、すこし読んだ。

 夜、銃剣術をした。

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# by anzu-ruyori | 2014-04-29 15:53 | 浩三さん(竹内浩三)

尹東柱さんとサクラ

ことしも、桜、桜の幸せな季節が過ぎました。

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(キレイすぎて、幸せすぎて、それがTVで助長されて なんだかバカみたいと思ったりしました。

ソメイヨシノさんの過剰さは現代的で、つくられたアイドルみたいやし)



例年、個人的な思い出に再傷心していた私ですが、さすがに「歳月は最良の薬」。

もう泣きませんでした。


今年は、尹東柱さんのことばかり思っていました。

http://miteikou.exblog.jp/1848213/


尹東柱さんは、一度だけ京都の桜をみている 1943年の春


「この京都の爛漫さくらを見て、詩をかかないわけがないじゃないか・・・」

と思うと泣けてきた。

尹東柱さんが京都で書いた詩や文章は、すべて下鴨警察が押収して今はもう見ることができない。


戦後(朝鮮では解放後)「尹東柱詩集」が出版されたが、桜を歌った詩はない。

「花園に花が咲く」という散文には


 れんぎょう つつじ すみれ ライラック たんぽぽ のいばら もも ばら

 海棠 ぼたん 菖蒲 チューリップ カーネーション 鳳仙花・・・・


と花のなまえが続くが 桜はない。


 明治以降か、日の丸とともに、桜は日本や武士道の象徴とされた。

日本帝国主義を演出するために、桜がシンボルとされたように思う。

いさぎよく美しく散る姿に、特攻攻撃が重ねられて若者を鼓舞した。


植民地朝鮮で、むくげの木を切り倒して桜を植樹したというハルモニの話を伝えきいたことがある。


 尹東柱さんは京都の桜をどんな気持ちでみていたのだろう。

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尹東柱評伝を読み直している。
宋友恵(ソンウヘ)著
愛沢革 訳
藤原書店
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# by anzu-ruyori | 2014-04-19 00:54 | 尹東柱