逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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むかし原発いま炭鉱★

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あれ?タイトル、反対じゃないの?「むかし炭鉱 いま原発」やろ?

そう思ってしまいましたが、
このタイトルにこめられた想いこそが、いまこの国に必要なものなのです。
苦渋の力作です。ぜひ、お読みください!





かつて炭鉱のあった街の多くに、いま原発があります。
労働者たち、家族そして町全体が、国のエネルギー政策に翻弄されてきたのです。
そして、そのエネルギーを享受してきた都市生活者の自分を振り返らざるをえません。
 

昨年、竹内浩三さんの幼馴染みの女性が、戦中に筑豊の炭鉱で働いておられたことをしったことから
私は、筑豊にいきました。その女性のお友達の夫さんが、三池争議に三重県から参加されて
いたことをしり、三池争議のこと CO爆発事故のことをしりました。
そして、この夏 浩三さんの住んでいた高円寺で「三池 おわらない炭鉱の物語」の監督 熊谷博子さんのお話の会に、参加してきました。会の報告はこちら→『むかし原発 いま炭鉱
―映像ジャーナリスト熊谷博子さんのお話』



つながって、つながって、京都から伊勢 九州 東京へ・・・
そして「むかし炭鉱のあったいま原発のある福島」へとつながっています。

こちらで、まえがきが公開されています。


熊谷博子監督の
「三池 終わらない炭鉱の物語」が、京都で上映されます。
ぜひ、お運びください。

さるくびとシネマ
http://amenic2011.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/910mail-flier-d.html


東京では、11月3日から9日まで ポレポレ東中野。熊谷博子さんのトークイベントもあります。

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# by anzu-ruyori | 2012-09-16 14:47 | 平和 自由 
京都シネマで「死刑弁護人」みてきました。

安田弁護士が日本にいてくれてよかった。
お体大切にしていただきたい。
神様、この悪魔の弁護人を見守ってくださいね。

テレビドキュメンター風で、「映画」とはいえないなあとちょっと不満はあるが
安田さんの「真実をだして、はじめて本当の反省と贖罪が生まれる」という言葉に
深くうなずく。しかし、それはとても難しく 苦しい。
だから、みんな簡単に「死刑にしたらいい」というのだろう。
ごみの日にごみをただ家からだすだけで、そのあとのことは、知らないのと同じ。

ナレーターの山本太郎さんだったと、エンドロールをみてびっくり。
とてもフラットな聞きやすいナレーションでした。うまいな太郎さん。

(ちなみに、「いわさきちひろ」のナレーションは、加賀美幸子さんでした。
予告できいただけで、「ああ~」とため息。ありてい・・・)

公式HP
http://shikeibengonin.jp/

死刑存置派の息子が、みにいって パンフレット買ってかえった。
気骨ある安田さんの姿に思うところあったようす。
少し希望。

京都シネマは、14日まで。どうぞ、お運びください。
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# by anzu-ruyori | 2012-09-10 21:37 | 平和 自由 
いよいよ 高円寺へ。

きのうもおつきあいくださったT沢さんと
高円寺南九条の会の方3名が案内してくださいました。

こんなバナーも作ってくださって!ありがとうございます!
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まず最初に

気象神社 

陸軍気象部にあった神社を戦後、氷川神社に移されたもの。現在は気象予報士の合格祈願で
にぎわっているとのこと。ちなみに、この神社の絵馬は・・・ゲタ型。ゲタかよ!

高円寺中央公園

最近の脱原発デモの集合地点とか。この公園の入り口の案内板に
戦前の写真がありました。
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今は
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浩三さんの「高円寺風景」には、たくさんの喫茶店やカフェの名前がでてきます。
「サンキュウ」「中央茶廊」「びおれ」「ルネサンス」「ナナ」「ミューズ」
「スイング」「さぼてん」「ラジオシティ」「プリンス」「レインボウ」「マツエ」
「ダービン」「森田屋」・・・
みんな、どこへいってしまったのだろう・・・
今も時空のかなたに、たくさんの喫茶店やカフェがあって、浩三さんは今もそこに
いるような気がする。そこに、いってみたいと思う。

そのあと
長仙寺へ。1946年、戦後の食糧危機で「米よこせ」デモを開催したところ。
ちょうど「昭和館」のニュース映像でみたところでした。

また、第五福竜丸事件から、ひろがった原水禁署名はこの高円寺からはじまったということで、
一番最初に署名をはじめた場所も教えていただきました。


映画館あとが、駐輪場に
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そして、いよいよ 浩三さんがいたかもしれないアパートへ。

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2階の部屋へのとびら

















裏手には、公園。
この木を浩三さんはみていたかなあと思う。この木は浩三さんをおぼえているかなあと思う。
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書店「光延堂」あと。
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昭和8年創業の銭湯「小杉湯」
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きっと、浩三さんがいっていた銭湯。当時は7銭。

高円寺庚申商店街は、この庚申さんのある庚申塔が名前の由来。
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茶房 高円寺書林
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すてきな茶房です!






戦争体験の聞き取り調査もされています。
戦争体験史料館 
http://www.jvvap.jp/index.html


18時より 茶房のとなりの「こうしん会館」で 

『むかし原発 いま炭鉱
―映像ジャーナリスト熊谷博子さんのお話』

詳細は以下に。
http://kouenjishorin.jugem.jp/?cid=44

石炭を肩にあてているのは、私です。
ほんとうに、石炭は、石なのに不思議に冷たくないのですよ!

さわれる石炭とさわれないウラン・・・
この国のエネルギー政策と事故の対応に、暗躍としてしましますが、
伝え考えづつけていかなくてはならないと思いました。

魅力的な杉並区の人たちと出会えて、うれしく思いました。ありがとうございました。
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# by anzu-ruyori | 2012-09-02 21:02 | 浩三さん(竹内浩三)
翌日も、ピーカン(快晴)!

夢の島の「第五福竜丸記念館」へ。

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夢の島公園にたつ「第五福竜丸記念館」は、静かに深く放射能の恐ろしさを訴えている。

夢の島から見えるスカイツリーは、なんだかミサイルみたいでこわかった。
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そのあと、九段下の「昭和館」で展示をみた。
京都の立命館平和ミュージアムの常設展示のような感じ。しかし、反戦的表現はあまりなく、
軍部や政治にたいする批判もまったくない。
当時のニュース映像がたくさんみられるのが、とても興味深い。
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# by anzu-ruyori | 2012-09-02 19:47 | 浩三さん(竹内浩三)
8月のおわりに、ゆらりと東京にいってきました。

往復深夜バス、ゲストハウス泊の 似非若者旅・・・年寄りの冷や水にならないように、
バスは3列独立シートにしたので、まあまあ快適な深夜行でした。

7時すぎに、築地で 青ちゃんおすすめの「きつねや」の牛丼!をがっつり食べて、初ヤスクニへ。

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どでかい鳥居が、鉄なのでびっくりした。平安神宮の赤い大きな鳥居より威圧感を感じたけど、
境内はおもっていたより、小さくて、荘厳さもあまりない。ふつうのお宮さん。

茶屋がいいかんじ。
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茶屋の前に、昭和11年献納の給水口?かわゆらしい。
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本殿の前まで、いってみて きびすをかえす。
「ここには、誰もいないもんね」

遊就館へ。
ひろくて、きれいな展示館。ゼロ戦も人間魚雷「回天」もピカピカで、気持ちがむかわない。

2階展示室は、最初に刀や甲冑が、並べられている、1882年(明治15年)に開館した宝物館なので、仕方ないか。早足ですぎる。
そのあと、明治維新、戊辰戦争、西南戦争、日清、日露 太平洋戦争へ。

最後の展示室に、兵士の写真に囲まれて、兵士の遺品や手紙が展示されています。
じっくりみたかったのですが、集中力がつづきませんでした。残念。

戦没スポーツ選手のコーナーには、竹内浩三さんとおな宇治山田中学の「西村幸生さん」の
手紙をみることができました。

特別展示は、「大東亜戦争 開戦70年展」
トラトラトラの電文、真珠湾の九軍神の掛け軸とか・・・。

日の丸に寄せ書きしたものが、たくさんあったのですが、
そのひとつに「髑髏(どくろ)日の丸」というのがあって びっくりしました。
日の丸に、たくさんの手書きの「どくろ されこうべ」が書かれています。
最初に書いた人が、「どくろ」のイラストを書いたのが、伝染して
みんながそれぞれに、「どくろ」を書いていったのだろうか?

翌日、戦争中に、靖国神社の大灯篭に「どくろ」がかかれてあったという証言を
ききました。いたづら書きのようだったけれど、消されることもなかったようです。

今では、「どくろ」は反戦、憂戦的かと思うけれど、当時は好戦的なシンボルだったので
しょう。

遊就館の展示鑑賞のあと、まちあわせしていたT沢さんと久しぶりの再会。
T沢さんは、高円寺で竹内浩三さんをしのぶ会を2度開催されている人で、
日大芸術学部の出身ですから、浩三さんの後輩です。

T沢さんの案内で、九段坂から、千鳥が淵の「戦没者慰霊碑」へ。
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ここでは、きちんと手をあわせ 戦没者の方たちに思いをはせました。
先週末に新しい遺骨が納骨されたので、「総理大臣」ほか、献花がならんでいました。

京都ではめったにきかれないミンミン蝉が、はげしくないていました。

そのあと、竹内Mさんとお友達のA沢さんと合流して、東大赤門前のわだつみ記念館へ。
ところが、夏季休暇中でした。残念。

東大安田講堂をみてきました。

夜は、阿佐ヶ谷でスペイン料理を堪能しました。最高のイカ墨スパゲティでした。
ありがとうございます!
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# by anzu-ruyori | 2012-09-02 17:32 | 浩三さん(竹内浩三)
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2001年発行の「竹内浩三 全集」が、11年ぶりに改訂されて発行されました。

8月15日付けの発行ですが、もう書店に並んでいました。

 
 宇治山田中学時代の「当用日記」が、漫画もふくめてたくさん掲載されているのが
うれしいです。

 藤原書店さんは、誠実に良書を作り続ける出版社です。
http://www.fujiwara-shoten.co.jp/main/news/

アマゾンでも、購入可能
http://www.amazon.co.jp/%E5%AE%9A%E6%9C%AC-%E7%AB%B9%E5%86%85%E6%B5%A9%E4%B8%89%E5%85%A8%E9%9B%86-%E3%80%94%E6%88%A6%E6%AD%BB%E3%82%84%E3%81%82%E3%81%AF%E3%82%8C%E3%80%95-%E7%AB%B9%E5%86%85%E6%B5%A9%E4%B8%89/dp/4894348683/ref=sr_1_6?ie=UTF8&qid=1344680461&sr=8-6
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# by anzu-ruyori | 2012-08-11 19:33 | 浩三さん(竹内浩三)

★「命」を思う朗読会

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「国境なき朗読者たち」の朗読会をおこないます。

私は、竹内浩三とユンドンジュの作品などを朗読します。
もし、お時間ありましたら、夕涼みがてら お出かけください。
====================

「ガザ★希望のメッセージ」の【つばめクラブ】より、朗読会のご案内です。

真夏の夕べ 二つの原爆投下の日の狭間 お盆の近づく京都で、
なくなった「命」 残された「命」、
生きるということ、死んでいくということ、
巡る時間と場所・・・よみがえってくるものの気配とともに、
「命」と「生」をめぐる詩や絵本、エッセイなどを朗読します。
どうぞ、耳をすませて、おこしください。
なお、会場の都合により「予約制」とさせていただきます。
メールまたは電話でご予約おねがいします。

~~~~~~~~~~~~
【つばめクラブ】八月「命」を想う朗読会
       ~~~~~~~~~~~~~
八月、魂が還って来るといわれるこの季節、
私たちの傍らにいる彼、彼女らとともに、
<命>について綴られた言葉に耳を傾けたい・・・  
パレスチナ アフガニスタン イラク 沖縄 広島 長崎 福島 チェルノブイリ
タイ フィリピン 朝鮮 中国 グアテマラ・・・
私につながる<命>を感じる  

日時:8月7日(火)7:00~8:30
会場:タケリア・パチャンガ
左京区田中大久保町22 東大路通り「叡電元田中駅」より北へ50m 

出演:国境なき朗読者たち(山本久子 古澤亨 梶原玲子 岡真理 杏さだ子)

主催:つばめクラブ

参加費:500円 (1ドリンクつき)
定員20名(予約をお願いします)
メール lpcoffice@yahoo.co.jp TEL 080 5314 1539(つくい)
国境なき朗読者たちHP
http://readers-without-borders.org/
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# by anzu-ruyori | 2012-08-06 00:08 | 平和 自由 
昭和19年

7月25日【火曜日】

 水戸行きの射撃にのこることになり、そのかわり、二十八日の衛兵に立つことになった。

7月26日【水曜日】

 水戸行きで、中隊の大部分が出て行った。
出てゆくのと前後して、ぼくは、中隊長の家へ公用に出た。家は安食にあった。

飛行場を半分まわったところで、つまり、ここから向い側になる。
奥さんは高峰三枝子そっくりとかで、見てやろうといきごんでいた。

ごくろうさんと云うイミで、アメダマを九つくれた。
十人なみであった。

吉沼まわりで帰ることにきめた。松林の中で、男が二人タバコを刷っていたので、そこで、休ケイした。

十一屋書店へよって、カミソリの刃と門馬直衛氏の『楽聖の話』と云う本とを買った。
カルピスとカボチャをごちそうしてくれた。

 帰ったら、午睡の時間であったので寝た。班内も五、六人で静かでよい。
夜は、のんびりと、乾信一郎の『コント横町」を読んで寝た。途中でふき出すような、おかしなものであった。

7月27日【木曜日】

 午前中、銃剣術であったけれども、さぼっていた。

雨と、太陽と、まだらにやってくる日であった。
班内がきわめてのんびりしている。寝台の上で、『コント横町』を読んでいた。こんなのんびりさが、うれしいほどだから、いまの生活は、かなり窮屈なものであろう。

去年の今ころは、これ以上ののんびりした生活をしていた。久居で、毎日、将集の当番をしていた。毎日、本を読んで、なんにもしなかった。

 十三時からの午睡も、気持ちよく寝た。午睡がすむと、ただちに銃剣術であったが、便所へにげて、寝た。くさいところで寝た。帰ってきて、班内でまた寝た。トマトが上った。うまい。玄妙な味であった。

 ひぐらしが鳴いて夕方がきた。
 今夜、おそく、水戸へ行った連中が帰ってきて、班内は、またうるさくなる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここで、筑波日記は突然 終わる。

このあとも、余白のページが残っているそうです。
「班内がうるさく」なって、見つかりそうになったので
いそいで日記を故郷に送ったのだろうか。

この後も、次の手帳に書いていただろうか。

きっと、書いていただろうと、私は思います。
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# by anzu-ruyori | 2012-07-29 14:15 | 浩三さん(竹内浩三)
昭和19年 

7月23日 【日曜日】

 ネムの木は、伊勢では珍しいが、ここではざらにある。野にも山にもある。
営内にも、いくらもある。いま、その花が咲き出している。ゆめのような花である。

 そこへ、大竹がきた。「竹内古兵どの、血液型の検査しに来いって」「いたいかい」

 B型であった。

 こんなときこそ、ことばをつつしまねばならぬ。サイパンがやられたと云って、
コウフンして、申しわけなし。切腹しておわび申そうなどとは、笑止というより、はらだたしい。おちつけ。あらぬことを口ばしるな。

 広井がまたきて、手相の話をしだした。
手相を科学的に説明しようと云うのである。ホウセンカの茎が赤ければ、その花も赤いように、そこに相関性があると云うことから、手相と頭脳との相関性を云うのである。
なっとくのゆきそうな説明である。そして、ぼくのを見てくれたのだが、みる定石として、被看者の過去の行跡を、たとえば、両親がないと、女のことでは、なかなかなやむたちで、それが一度ならず、二度あり、二度目の方がはげしかったとか、心臓の弱いこととか、そんなことを云いあてて、相手に手相を信じさせて、おもむろに、未来をかたる。

 五十歳までは生きる。安心した。
一生物資にはめぐまれる。金持ちの家へ養子にゆく。
女房がやりでで、本人は、好きな仕事をやってる。道楽は食道楽。
子供は六人、末の男の子で、すこし苦労する。

一年以内に、死にぞこないに会う。と云うのは、どう云うイミが。
とにかく、死にぞこなう。そこで、精神的に人間が変わる。

結婚は、マンキの後、二年。

それと、前後して、君の華々しい時代がくる。世間的にも名声をハクすると云ったふうであった。

 7月24日 【月曜日】

 経理室当番を下番した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

浩三さんは、B型であった。

広井さんの手相は、まったく当たっていないのに、当たっているようにも思える不思議な手相だ。


 
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# by anzu-ruyori | 2012-07-29 14:02 | 浩三さん(竹内浩三)
7月21日 【金曜日】

 ねむくてやりきれない。ひぐらしがふっている夕方であった。

 当番室の入口のところへイスを出して、タバコをすいながら、ひぐらしのけしきをながめていると、広井と云う三中隊から来ている本部の当番が、
竹内さん、何を考えておられるかなと、肩をたたいた。
話してみると、はなせる。

絵の話などをしていた。あしたのやすみは、ゆっくり話をしようと云って、帰って行った。
 のみがひどくて、なかなか眠れなかった。

 7月22日 【土曜日】

 やすみであった。下士官室にあった『紅白うそ合戦』と云う、佐々木邦の本を読んでいた。
この人は、よくまァ、こんな同じ題材ばかり、あきずに書いているものだと感心した。
 大学生、会社員、重役、社長、そんなことばかり書いている。

そこへ、広井がきて、映画のはなしになった。なにが一番よかったかと云うので、「パリ祭」と云うと、ぼくのひざをぽんとたたいた。

 雨になった。ひるから、ひるねをした。
広井がきて、中隊へ帰って、面白い人物を発見したと云って、きみのことを川端と云う、これもまた話のわかる男にはなすと、川端は、君のことを前から知っていたそうだと云った。
川端て、知らんなァ、顔見たら知っているかもしらんが、はなしは、おもしろくなってきた。

雨がひどくなっていた。雷も鳴り出した。

 ところで、話はかわるが、サイパンがやられ、東条内閣がやめになった。
一体これはどう云うわけか。「政治に拘わらず」と勅諭に云われているし、ぼくは、もともと、政治には、ぜんぜん、趣味のないおとこで、新聞などでもそんなことは、まったく読んだことがなかったから、そう云うことに口をなさむシカクはないのだけれども、東条と云う人は、あまり好きでなかった。
山師のような気がしていた。
そして、こんどやめたと云うことも、無責任なことのように思えてならない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

盛夏、22日の休みは本を読んだり、話をしたり、浩三さんらしい休日。

サイパン玉砕。
大本営発表
「サイパン島のわが部隊は、4月南下早暁より、全力を挙げて最後の攻撃を敢行。所在の敵を拾滅し、その一部はタコウチュザンまで突進し、優先力と敵に多大の損害を与え、16日までに全員壮絶なる戦死を遂げたるものと認む。サイパン島の在留邦人は終始軍に協力し、およそ戦えうる者は完全戦闘に参加し、おおむね将兵と運命を共にするものとする。」

サイパンから生還した兵士の証言
http://ameblo.jp/tashutayou/entry-10466153110.html

東条英機は、サイパンの惨状を想像できていただろうか。
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# by anzu-ruyori | 2012-07-23 08:43 | 浩三さん(竹内浩三)