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逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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竹内浩三さんの姉 松島こうさんは、その後半生を浩三さんを伝えるために生きたといえるが、
インタヴューや聞き書きなどが多く、その文章は多く発表されてはいない。
歌集が残されている。

1992年5月伊勢シティフィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会のパンフレットに、
こうさんの文章をみつけたので ここに転載します。

「悲愴交響曲」に寄す 

 私は昭和57年、伊勢シティフィルハーモニー管弦楽団第1回定期演奏会よりの大ファンです。
今回、チャイコフスキーの「悲愴」が演目に入れられたことを聞きまして、胸に溢れる感激を覚え
ております。伊勢フィルの皆様によって、この曲が演奏される日をどれほど待ったことでしょう。
 伊勢市郊外の朝熊山金剛証寺奥の院、極楽門をくぐったところに、竹内浩三の「骨のうたう」の
詩の一節を刻んだ小さな詩碑が建っております。
 竹内浩三は大正10年、伊勢市(宇治山田市)吹上町呉服商竹内善兵衛の次男として生まれ、宇治
山田中学より、日本大学芸術学部へ進み、戦時繰り上げ卒業、久居の中部38部隊に入隊しました。
入隊の当日、出発の時間がせまりましても奥の部屋から出て来ませんので、呼びに参りますと、身体を
折り曲げるように膝を抱え込み、じっとレコードを聴いておりました。
チャイコフスキーの「悲愴」でした。
出発を促すと「姉さん、こんな音楽、もうこれからは聴けないのだから終楽章まで聴かさせてくれよ」と
申し、最終楽章までを聴き終えて出征して行きました。
彼は再び伊勢でこの曲を聴くこともなく、昭和20年4月9日比島で戦死いたしました。23才でした。
 
 伊勢の人は死んでから50年、岳(たけ)さんの上空に魂がとどまると伝え聞いております。
彼が世を去って47年。間に合いました。本当によかった。彼の最も愛した故郷伊勢で、彼のうまれた5月に、
伊勢フィルの皆様の演奏される「悲愴」を、朝熊山の上空でどのような思いで聴くでしょう。
 ありがとうございます。伊勢シティフィルの皆様、本当にありがとうございます。

(松島こう)  ← パンフレットにお名前の記載はありませんでした。


チャイコフスキー「悲愴交響曲」に寄す_f0032106_15272721.jpg

                            2008年5月 松島こうさん



# by anzu-ruyori | 2021-08-02 15:28 | 浩三さん(竹内浩三)
劇団石(トル)の「在日バイタルチェック」をみた。

済州島で生まれた女性の90年の人生が、ひとり芝居でくりひろげられる。
それは朝鮮人の歴史であり、日本人の歴史だ。
「ここで生きていく」私たちの歴史だ。

幸いなことにスタッフ「きむきがんと愉快な仲間たち」のひとりとして、お手伝いをすることができた。
劇団石(トル)の みなさんから聞く「在日」のリアルな現実が刺激的だった。
出会いと出会いそこないと _f0032106_00022433.jpg

記憶がよみがえる・・・

40年近く前のことだ。
私は大阪府堺市で府立高校に通っていた。

高校1年のとき、帰りの駅のホームで同級生の女の子が

「私、日本人と違うねん」といった。

「え? ちゅうごく?」と私はいった。

彼女は「韓国人やねん」といった。

それから、すぐ電車がきて、次の駅で彼女が降りるまで、私は何もいえなかった。

私はそのとき、「在日韓国人」という存在をしらなかった。
なぜ、韓国の人が日本に住んでいるのか、日本語を話しているか、知らなかった。

彼女は新井という名字だった。ニックネームは「ちゅー坊」(ドリフターズの荒井注から)。

それから高3まで、クラスは変わっても同じクラブでずっと仲良くしていたのに、
韓国の話は、それっきり一度もしなかった。

卒業して、2,3年してから、彼女から手紙がきた。
キリスト教を信仰して、すべてが解決した、救われたという長い手紙だった。

返信はしなかったと思う。
統一教会に入信したと、別の友人からあとで聞いた。


忘れていたけど、彼女の下の名前をふと思い出した。

友子だった。

今は、ウジャと 呼ばれているのだろうか。


「韓国人やねん」ときいて、そのとき、なんていえばいいのか、わからなかった。

「何人でも、ちゅー坊は ちゅー坊やん!」 と、いえたら よかったのに

と 今は思っている。

出会いと出会いそこないと そして いつの日にか 再会と。


劇団石(トル)と愉快な仲間たち  「人の値打ち」2020年秋公演 メイキング ↓






# by anzu-ruyori | 2021-02-14 00:04
梅雨が明けない7月27日 月曜日。
朝いちばんのバスにのり、京都から近鉄電車で伊勢にいきました。

9回目のお墓参り登山。
はじめては 2007年3月4日 ➡ https://miteikou.exblog.jp/4793592/

朝熊駅到着、午前9時40分。 
雨は降っていないが、今にも降りそうな空。

登り口の「であいの広場」で少し腹ごしらえをして、10時に登りはじめた。
下山してこられる早朝登山の人たちと、挨拶を交わす。


雨が続いていたので、「石ころの道」は、水が流れて川のようになっているところもあった。
長靴で来てよかった。湿度が半端ない。
朝熊山お墓参り登山 2020年7月_f0032106_23244446.jpg                
朝熊山お墓参り登山 2020年7月_f0032106_22215680.jpg






















  



↑1944年に廃止となった登山ロープウェイと廃線跡 


朝熊山お墓参り登山 2020年7月_f0032106_23180300.jpg
↑この桜の木までくると、ほっこりする。幹の真ん中が空洞になっている。
途中、大きなミミズとマムシに遭遇!ヒルにも、ひっつかれた!

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↑山頂にあった旅館 「東風屋」(とうふうや)1964年焼失


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↑東風屋の遺構 浩三さんは中学時代にこの近くでキャンプをしている。


朝熊山お墓参り登山 2020年7月_f0032106_22255881.jpg
↑奥の院入り口にある 竹内家の墓所 浩三さんのお墓と詩碑 


お墓についたのが、11時30分。これまでで、一番へこたれた登山だった。
雨が降ってきたし、山頂にも奥の院にもいかず、
お墓のお掃除もせず 13時04分の電車に間に合うように、傘をさしての弾丸下山。
行く先が雨にけぶって、南方熊楠が出会った森の妖怪が出てきそうな不思議な世界でした。

河崎 古書「ぽらん」に立ち寄る予定だったが、雨がきつくなっていたし、そのまま奈良方向に帰ってきました。
そのあと、室生口大野のギャラリー夢雲へ。

朝熊山のひぐらしをききたくて来たが、雨で鳴いていなかった。
そのあと、室生できくことができたけれど。

この夏のうちにもう一度きてみたいと思ってゐます。
ひぐらしのシャワーをあびたいから。

「ひぐらしのなきごえがこぼれてきた。
 こぼれてきて、こぼれてきて、ぼくは、びっしょりぬれていた。」(筑波日記 7月13日)










# by anzu-ruyori | 2020-08-04 23:10 | 浩三さん(竹内浩三)

冬のお月見

冬のお月見 

友人からお月見のお誘いがあった。この寒空にと思ったら、

「室内なのでご安心を。ただし、一芸のご披露をお願いします。」とあった。


彼女のマンションは一階だ。月がみえるのかなあと思いながら赴いた。

 同世代の女性3人で、かす汁とおにぎりをたらふく食べ、それぞれの一芸に笑い、

 ひと段落して、「それではお月見をはじめましょう」と、彼女が部屋の照明を少し落とした。

奥の部屋からお皿にのった大きな黄色い丸いものをささげ持ってきた。

それは国内最大の柑橘類 「晩白柚(ばんぺいゆ)」だった。


小玉スイカほどもある晩白柚は、ほの暗い部屋でお月様のようであった。


「大きいね」「はじめて見た!」と子どものように大騒ぎして、写真を撮り、

「よっこいしょ」「よっこらしょ」

と三人で分厚いほわほわした皮をむくのも楽しく、

「おいしい」「さっぱりしてる」と大満足で頂いた。


 熊本の友人から大きな晩白柚が届いた彼女が、

 思い立った「冬のお月見」は大成功だった。


帰りに、マンションの最上階から雲間の月を見ることもできた。

楽しい女正月であった。




冬のお月見_f0032106_09144083.jpg


# by anzu-ruyori | 2020-02-23 09:18 | 日々ログ
電車に乗ると車窓の風景とともに、人物観察や言葉蒐集にワクワクする。
特に、大阪環状線や南海高野線では面白いことが起こる確率がかなり高い。

実家からの帰り、南海高野線の中百舌鳥(ナカモズ)駅で地下鉄に乗り換えるために下車したときのこと。
夕方4時ごろ、列車からホームにたくさんの高校生、制服の男女が下りた。
そして たいていが改札階に向かうエスカレーターの列に並ぶ
私の前の男子に、話しかけた女子がいた。

「あの」ポニーテールで小麦色の肌に大きな瞳が印象的な美少女だ。
「これ、忘れてない?」と水筒を手渡した。
恥ずかしそうでもなく、相手を見据えたまっすぐな瞳に私は惹きつけられた。

しかし、男子は「あ!ありがとう!」というと、
すぐ連れの男子に「よう忘れんねん 俺」と話して、エスカレーターに乗った。
そして、もうスマホのゲームに向かっていた。

女の子は、エスカレーターを立ち止まらず、歩いて登っていった。

私は前に立ったその男子の横顔をこっそり見る。予想通りしゅっとした男前だ。

男子たちは、彼女のことなどなかったように、それはそれは楽しそうに
スマホを片手にゲームの話を続けていた。

そして、おばちゃんの妄想はひろがる。

「あの女子は、ずっと前からこの男子のことが気にかかっていて、
きょう水筒を忘れたのは千載一遇のチャンス!
やっと話しかけられたのに~」

「あーあ 男子って ったく!」


誰か、これからはじまる少女漫画、描いてくれぃ~。







# by anzu-ruyori | 2019-11-13 21:58 | 日々ログ