逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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筑波日記1月8日から10日

「五月のように」さんより転載させていただきます。
http://www.h4.dion.ne.jp/~msetuko/tkozo/takeutisakuhin.html

★原文では、筑波日記Ⅰは漢字とカタカナ表記ですが、読みやすいようひらがなを使用しています★

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1944年(昭和19年)

1月8日

 陸軍始めで、午前中、閲兵分列であった。外出は14時ころからであった。亀山と一緒に出た。亀山は、なかなか、あほである。こんなあほもめずらしい。そのあほさに腹をたてることもあるけれども、かしこいやつより何倍かよい。
 土屋陽一からはがきがきていた。

1月9日

 午前中中村班長の学科。
 午後。内務実施。
 急にかわって、明日、えい兵につくことになった。ここへきての、はじめてのえい兵である。
 兵きの手入れが悪いとて、夜おそくまで手入れさせられる。加藤上等兵が手伝ってくれて、大部分やってくれた。

1月10日

 弾薬庫の歩哨であった。
 司令 五味伍長。
 月 満月。
 夜に入りて寒さ加わる。

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以下、あんずよりコメント

【陸軍始(りくぐんはじめ)】
 1872年(明治5年)1月8日、明治天皇は日比谷門外の操練場で行軍式を閲兵しました。天皇自ら麾下の軍隊を督励するとともに、徴兵令を翌年に控え、国民の軍隊の重要性を印象付ける目的がありました。そして、毎年正月8日を「陸軍始観兵式」として定めました。

現代の警察も毎年10日前後に、「警察視閲式」というのをしますが、現代版陸軍始ですな。

【えい兵(衛兵) 歩哨(ほしょう)】
警備・監視のため、要所に配置されている兵

【土屋陽一】
宇治山田中学の同級生 伊勢文学同人

【内務(ないむ)】
軍隊で、日常生活に関する室内での仕事
兵舎の中で下士官兵が生活をする場合の最小単位が内務班
あとの日記で、「内務検査」というのもでてくるので、
この日の「内務実施」もおそらく「内務検査」
「もちもの点検」だが、これが軍隊ではとてもきびしかったそうだ。

まず、「検査」といわれたら装具をベッドの上に並べなければならないが、背嚢は
蓋を上にして向こうむきに置く。背嚢の上に被服を重ねるのだが、その重ね方も
順番がこと細かくきめられていて、古いもの、比較的新しくてもボロボロになっているものを
下にして、よいものを上におく。これと反対に毛布は古いものが上で、新しいものが下。
必ず三つ折りにしてたたまなければならない・・・★50年めの「日本陸軍」入門(文芸春秋)より

午後いっぱい「内務検査」だったかもしれませんね。やれやれ・・・。

浩三さん語録
「亀山は、なかなか、あほである。こんなあほもめずらしい。そのあほさに腹をたてることもあるけれども、かしこいやつより何倍かよい。」
以後、何度か亀山さんと外出された記述あります。仲良しだったのでしょうね。
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by anzu-ruyori | 2012-01-09 17:13 | 浩三さん(竹内浩三)