逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

おもしろくない演習である★竹内浩三 筑波日記

「五月のように」さんより転載させていただきます。
http://www.h4.dion.ne.jp/~msetuko/tkozo/takeutisakuhin.html

なお、竹内浩三著 小林察編 「日本が見えない」(藤原書店)より
筑波日記 全文と写真版を参照させていただいています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1944年 昭和19年

2月6日

 朝べんじょで、ふいた紙に、あざやかな赤い血の色がべったりとついていたので、びっくりした。ふいても、ふいてもきれいな血が流れでて、くそつぼは、旗行列のようになり、その上になお、
ぽたりぽたりと血がおちた。かたずをのんでそれを見ていた。

 そのところが、じくじく痛んできたので、中村班長に銃剣術を休ませてくれと云いにゆくと、
照準環の図を書く用を云われ、それを下士官室でした。

 ひるからは、演習に出た。特火点攻撃であった。これはまた、おもしろくない演習である。
このやり方で、ほんとにトーチカを攻撃したら、95%ほどは、やられるにちがいない。


2月7日

 便所で、べつになんともなかった。さわぐほどのこともない。

 朝も、ひるも、特火点の攻撃であった。飛行場から、吹いてくる砂ぼこりが、
ちょうどそこへ溜まる具合になっていて、鼻の穴も、銃の穴もほこりだらけになった。

 夜、竹口兵長と、高木一等兵がけんかをした。両方とも三年兵である、
高木一等兵がまけた。気の毒でならなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

浩三、大丈夫かなあ。心配だけど、病気だったら兵役免除できたのにと思う。

「特火点」はトーチカの日本軍での呼び方。
「おもしろくない演習である。95%はやられる」とは、
また見つかったら危ない記述を、しれっとかく浩三。

まけた高木さんを「気の毒でならなかった」のは、どうしてだろう。
「両方とも三年兵」だけど、兵長と一等兵。
兵隊のランク 二等兵→一等兵→上等兵→兵長→下士官(伍長 軍曹 曹長・・・)
2ランクの差があり、「兵長」は名前のとおり兵隊の中では最高位。
高木さんは出世できなかった「古参兵」なのですね。
しかも、「一等兵」って次の兵隊が入隊してくるとそれまで「二等兵」だった人が
自動的に「一等兵」となるのだけですから。

そして、浩三も今は2年目の「一等兵」だけど来年上等兵になれなければ、
「万年一等兵」の「古参兵」だから、高木さんに同情していたのでしょう。

浩三さんは戦死公報では「上等兵」となっている。
戦死してひとつ階級があがるからやっぱり「万年一等兵」だったのですね。

あとから、日記にも出てくるけれど、浩三さんは日大を卒業しているから、
本当なら、「幹部候補生」として下士官クラスからスタートすることもできたのですが、
「幹候」の試験をうけなかったのです。
[PR]
by anzu-ruyori | 2012-02-06 01:44 | 浩三さん(竹内浩三)