逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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池から乳のように、湯気が立ちのぼっていた★竹内浩三 筑波日記

「五月のように」さんより転載させていただきます。
http://www.h4.dion.ne.jp/~msetuko/tkozo/takeutisakuhin.html

なお、竹内浩三著 小林察編 「日本が見えない」(藤原書店)より
筑波日記 全文と写真版を参照させていただいています。

http://www.fujiwara-shoten.co.jp/shop/index.php?main_page=product_info&products_id=510&cPath=177_222

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1944年 昭和19年

2月16日

 まだくらいうちに、ラッパが鳴った。
 空襲警報のラッパであった。
 アスピリンで真っ白な飛行場を
 分解はん送でよこぎり
 池のそばに銃をすえた。
 池から乳のように湯気が立ちのぼっていた。
 足が冷たいので足踏みした。
 やがて、もも色の朝になった。

 それで外出がおくれた。大きなパンをもらって、亀山と出かけた。
 十一屋さんでえんぴつとナイフを買った。
 バスにのった。
 四つ角のところで、サーカスのジンタが聞こえた。

 雪晴れの畑は、ススキわらがもえ上がりそうに暖かい。
 おじいさんとおばあさんと子供がバスを眺めていた。

 うごかない水にうごかない船があった。
 水のない川には、雪があった。

 宗道の山中さんでかき餅をよばれた。
 ウドンやへ入ったら、小寺班長が寝ていた。心安そうにしている。

 鬼怒川べりに出た、赤城山が見えた。あの山の下で演習していた。
 川べりのながい道で便意をおぼえた。
 日向ぼっこしている娘のうしろに、フランス人形があった。
 フランス人形に、便所の拝借を申し出た。
 日向ぼっこの読んでいたのは、アンドレ・ジイドであった。
 ボクは、はなはだまぬけな一等兵であった。

 下妻で、いろは寿司へ入った。
 バスの女の子が二人いた。
 まんじゅ屋へ行ったけれどもなかった。
 たみ屋で、メンチボールとビフテキを喰った。
 同じように宗道まわりでかえった。

 土屋からはがきが来ていた。土屋も中井も予備学生に合格したことが書いてあった。
めでたいと返事したけれども、なんとなく、淋しい気がして、気がふさいだ。

それにつづいて、大林信子から手紙であった。日出雄が、久居へ補充兵として入ったことが
書いてあった。

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冬景色の筑波 風景スケッチがつづき、
そして やっぱりたくさん食べる浩三。

亀山さんと静かで楽しい外出だったようですね。

土屋さん、中井さんは、伊勢「宇治山田中学」の同級生。
「予備学生」とは、幹部候補生のことか?
大学卒業者は、試験をうけ、合格すると下士官候補の「幹部候補生」となる。
土屋さんも中井さんも、外地に出兵することなく、戦後復員されて、
「伊勢文学」で、浩三の作品を発表することとなる。


★追記 「戦死やあわれ」(岩波文庫)より 小林察さんの解説。
予備学生・・・「海軍飛行予備学生」
大林信子・・・東京での浩三のお目付け役であった大林日出雄の夫人
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by anzu-ruyori | 2012-02-15 23:17 | 浩三さん(竹内浩三)