逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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じぶんの縄でじぶんがしばられている★竹内浩三★筑波日記

3月30日 【木曜日】

 今日は、休みでもないのに、まるであそびであった。
 毛布の上にどっかりあぐらをかいて、『田園日記』を読んでいた。
 ひえて、なんべんも小便をしに行った。

 土屋から、はがきが二枚来た。
 横須賀局留武山海兵団分団学生隊2の6の2

 夕方、三島少尉に呼ばれた。行くと「機械化」と云う雑誌の口絵を示して、
このようなやつを書いてくれと云った。
それは、ドイツのグライダァ部隊の活動をえがいたものであった。
ずっと前から、わが、滑空部隊が、ニューヨークあたりの街を攻撃する場面を書いてくれとたのまれていたけれども、そのままにしてあった。ひきうけて、夜、その下書きをした。

 不寝番を下番して、寝ようとすると、

となりに寝ている、第二世の宮城島信平が、「浩ちゃんよう」と、
大きな声で、はっきりとぼくの名を呼んだ。

ねごとであった。くっくっわらいながら、寝た。


3月31日 【金曜日】

 朝から、事務室で三島少尉のたのまれものの絵を書いた。

 ひるめしのライスカレーを喰べていると、岩本准尉に呼ばれた。
 単独の軍装で、13時に本部前に集合し、辻准尉の指示を受けよ、と云うのであった。
今度、この部隊へ、初年兵が○名入ってくる。けれども、まだ四年兵がいるので、それらの初年兵を入れる余地がない。それでしばらくの間、吉沼の小学校へ寝泊りすることになっている。

 行くと、辻准尉が、「お前、文字は上手か」と云った。ぼくの字は決して上手とは申されないので、「はい書けます」とよそごとの返事をした。

 他の中隊からも来ていた。五人であった。机を乗せたトラックへ、のせてもらった。机がしばってないので、トラックが動き出すと、ものすごくゆれて、投げ出されそうに何度もなった。

 吉沼の小学校に着くと、本部の曹長が、白い腕章をくれて、付けよと云った。なにかしらぬが、付けた。えらいものになったような気がした。立てふだをたてたり、縄でさくをはったりした。

 炊事も出張していて、めしを炊き出した。衛兵も来た。食事伝票がどこからも切ってくれていなかったので、頼んでめしをもらった。
 まくらも、わらぶとんも、敷布も毛布も新品であった。毛布なんかは、まだドンゴロスで梱包したままのやつを支給された。

 夜になって、なんにもすることがなくなった。こっそりと出かけて、そこらの民家でイモでももらってこようか、などと思ったが、見付かったらどえらい罪になると云うので、どうしても、昼間ぼくたちがはった縄のさくを、よう越さなかった。じぶんの縄で、じぶんがしばられている。

 点呼がすむと、教室へとった床の中に入って、すぐに寝た。こんな気楽な生活は、軍隊へ入ってはじめてである。

 新しい毛布は、臘のにおいがする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

宮城島信平さん、かわゆらしい・・・

小学校が、軍隊に接収されて営舎となるようだ。新品の寝具で、さすがに軍用品だけは
豊かだったのか。

どうしても、昼間ぼくたちがはった縄のさくを、よう越さなかった。じぶんの縄で、じぶんがしばられている。

リアルなメタファー。縄は縄にして縄にあらず、軍隊、国家・・・。このように感じている兵隊が
他にもいただろうか。





竹内浩三「筑波日記」は、
「五月のように」さんより転載させていただきます。
http://www.h4.dion.ne.jp/~msetuko/tkozo/takeutisakuhin.html

なお、竹内浩三著 小林察編 「日本が見えない」(藤原書店)より
筑波日記 全文と写真版を参照させていただいています。

http://www.fujiwara-shoten.co.jp/shop/index.php?main_page=product_info&products_id=510&cPath=177_222
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by anzu-ruyori | 2012-04-08 20:43 | 浩三さん(竹内浩三)