逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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どこまでもどこまでも雨にけぶっていて★竹内浩三★筑波日記

4月2日 【日曜日】

 きょうは、別の二人が北条へ行った。

 こちらは、まったく用がない。火鉢にあたってあそんでいた。
山口が公用で小包を持ってきてくれた。岡安の伯母さんからであった。
みかんと、いもの切干であった。みんなでわけて喰った。

 雨が降っていた。オルガンが鳴ってきた。
赤い花束 車につんで 春がきたきた 村から町へ……と云う歌であった。

 今度入ってきた兵隊は、去年四月に入った連中で、ぼくよりも新しい。
大きな顔をしていようと思った。

 同じ勤務の三中隊の上等兵がひとり、事務室でなにかしら書いたりして仕事をしていたが、ぼくは仕事を見付ける時機を失したわけで、一人では手に負えぬ仕事があったら呼びにくるであろうと、毛布をかむって、雨の音を聞きながら寝ていた。

 公用に出た一中隊の藤井が、野菜パンを買ってきた。火鉢で焼いて、それを喰った。寝て喰ってばかりいるので、とうとう胃をこわした。

 夜、小林のところへ入ってきた朝鮮の兵隊のところへ遊びにゆき、キーサンの絵葉書など見せてもらった。ぼくが云った、キーサンのアクセントがおかしかったと見えて、笑っていた。

  
  校庭のはしに どこの学校にもあるように鉄棒や肋木があるんだ
  そして まだ芽の出ないポプラとアカシヤの木が並んでいるんだ
  そのうしろがずうっと桑ばたけでね 
  どこまでもどこまでも雨にけぶっていて
  ずっとむこうの森は見えなくなっているんだ
  風があってその桑ばたけの枯れた骨が ゆらゆらと揺れて波うっているんだ

  ベートーベンの第七交響曲だね

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

キーサン・・・妓生(きしょう、기생、キーセン)

やはり、朝鮮の兵隊もいたのですね。
このころ、日大にも朝鮮や台湾の学生がいたようです。

金達寿(キム・ダルス)さんという、戦後 日本で朝鮮文化を発掘された作家さんは、
浩三さんと同時期に日大に、在籍していたのです。二人は出会っていたでしょうか。

浩三さんさんの「小遣い帳」には、「崔にかす」「崔がかえす」と1円や50銭のやりとり
が記載されています。崔(チェ)さんという友人。
ちなみに、当時、コーヒー15銭 うどん10銭 銭湯7銭 部屋代13円

浩三さんが、ベートーベンの第七交響曲を起想した桑畑の風景を想像してみる。

浩三研究家の奥村薫さんによると、おそらく「第二楽章」とのこと。

YOUTUBEにありました。聞いてみてください。
http://www.youtube.com/watch?v=o6X15CuTUeY&feature=fvwrel
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by anzu-ruyori | 2012-04-08 21:53 | 浩三さん(竹内浩三)