逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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白いきれいな粉ぐすりがあって、それをばら撒くと人がみんなたのしくならないものか★竹内浩三

昭和19年

4月14日 【金曜日】

 飯がすむと、子供のところへ遊びに行った。
 みんな集まってこいや。ぼくは、わけもなく、ただにこにこして、
ものも云わず、ただにこにこしていた。

やすをくん、たかしくん、ちえ子くん、とし子くん、えへへと笑って、たわいもない。

 この動員室の仕事も、きょうでどうやら片が付いたかたちで、ごくろうであったと云うわけで、林中尉が十一屋へ連れてってくれて、風呂に入らしてくれた。

 書きわすれたが、林中尉は動員室の親分である。非常にハンサムに見えることもあるし、猴類に似て見えることもある顔である。この人を知らない前から、なんとなく好きであった。

 十一屋の女中部屋で、古い「新女苑」を見つけた。ああ、昔。「ヴォーグ」に出てくるきれいなおんなの人よ。ぼくのたましいは、きみたちがすんでいた昔に、しきりとかえりたくなる。

 十一屋から帰ると、裁縫室で、酒とすき焼きであった。

ぼくはほかのことを考えていて、ことば少なであった。


 戦争のはなし、戦争のはなし。
まっち箱の大きさのもので、軍艦を吹っとばす発明がなされたはなし。

 いいか。いいか。
 みたみわれ。いいか。いけるしるしあり。あめつちの。さかえるときにあえらくおもえば。
 いいか。

  ぼくが汗をかいて、ぼくが銃を持って。
  ぼくが、グライダァで、敵の中へ降りて、
  ぼくが戦う。
  草に花に、むすめさんに、
  白い雲に、みれんもなく。
  ちからのかぎり、こんかぎり。
  それはそれでよいのだが。
  それはそれで、ぼくものぞむのだが。
  わけもなく、かなしくなる。

  白いきれいな粉ぐすりがあって、
  それをばら撒くと、人が、みんなたのしくならないものか。

 ものごとを、ありのまま書くことは、むつかしいどころか、できないことだ。
書いて、なお、そのものごとを読んだ人にそのまま伝えることになると、ぜったい出来ない。

 戦争がある。その文学がある。
それはロマンで、戦争ではない。感動し、あこがれさえする。

ありのまま写すと云うニュース映画でも、美しい。
ところが戦争はうつくしくない。地獄である。地獄も絵にかくとうつくしい。
かいている本人も、うつくしいと思っている。人生も、そのとおり。

 ことがらをそのまま書くには、できるだけ、そのことを行いながら書くとよい。
日記よりも、もっとこきざみに、つねに書きながら、そのことがらを行う。
「書いている」と云う文句が一番それである。

 この日記はどうかと云うと、ふるいにかけて書いたものである。書きたくないものはさけている。と云って、うそはほとんど書いていない。

 うそがないと云うことは、本当なこととは云えない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

きょうも、子どもたちとオルガンをならしていたのだろうか。
筑波の子どもたちといるのが、浩三はうれしくてならないようだ。

「まっち箱の大きさのもので、軍艦を吹っとばす発明がなされたはなし」は原爆のこと?

そのあと、神教の祝詞?のような呪術的な言葉が続く

「いいか いいか みたみわれ。いいか。いけるしるしあり。あめつちの。
 さかえるときにあえらくおもえば いいか」

と、おもって検索したら、
これ万葉集でした。

御民われ生けるしるしあり天地の栄ゆる時にあえらくおもえば

 戦時、小学校で唱和していたという人もいるので、一般的だったようです。

作者は、海犬養岡麻呂(あまのいぬかいおかまろ)

意味・・天皇の民である私は、ほんとうに生きがいが
    あります。天地の栄える時世に生まれ遇わせた
    ことを思いますと。

 注・・験(しるし)=かいのあること。効果。
    あへらく=会へらく。出会う、遭遇する。

この歌を「いいか いいか」と自分にいいきかせていた浩三。

しかし 次につづく詩には、  

  わけもなく、かなしくなる

  白いきれいな粉ぐすりがあって、
  それをばら撒くと、人が、みんなたのしくならないものか

と、心情が綴られる。

 最後は、この日記について「うそは書いていない」が、「ほんとうのこととはいえない」と
複雑な気持ちが、こぼれている。
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by anzu-ruyori | 2012-04-14 10:24 | 浩三さん(竹内浩三)