逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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ふりかえった。銀の十字架であった★竹内浩三★筑波日記

昭和19年

4月15日 【土曜日】

 飯がすむと、さっそく林中尉が、部隊へ帰る用意をせい、8時のバスで帰ろうと云う。
えらいことになったと思ったら、よるは、又寝に帰るのだと云うので、安心した。

 部隊の動員室で、一日仕事をしていた。ひるめしの伝票がどこからも切ってなかったので、
喰いはぐれた。中隊へ帰ると、佐藤伊作君がめしを半分くれた。

 又、めしを食べそこなうといかぬと云うわけで、ぼくだけ一足さきに、吉沼へ飯の心配をしに帰ることになった。その途で、こないだの娘さんの家へよってみた。たまごを2つくれた。

 帰ってみると、飯はなかった。頼んで、すこしものにしたが、それだけでは足りそうもないので、米をもらってきて炊いた。おかずの肉と、帰り途にぬいてきたニラと醤油を入れて、うまいやつを作った。

 風呂にも行かず、火に当たりながら三島少尉とはなしをしていた。三島少尉の口は大きくて、紅く、よだれが絶えずそれをうるおしている。兵隊にはなく将校にある特権を、ぼくの前でふりまわしたがる。
 こちらが外に出られないと思って、ちょっと出て、十一屋の女中さんでも、からかってこようか、竹内お前も一緒に行くか、しかし、お前は出られんであかんのう。

こんなたぐいである。あほらしなったり、くやしなったり、する。


4月16日 【日曜日】

 非常呼集のラッパが鳴った。けれども、こちらは状況外であるので、寝ていた。
起床ラッパが鳴っても寝ていた。

 今日はいよいよ帰る日である。
 そこには、絶えず、銃や剣ががちゃがちゃなっていた。
 そこには、絶えず、怒声があった。
 そこには絶えず、勤労があった。
 そしてすべてが活気よく、
 ワッワワッワと音を出して、規則によって動いていた。

 その音が、飛行場をよこぎり、麦畑をわたって、ここまで流れてくる。
 その中へきょう帰る。
 ぼくは、目をとじる気持ちであった。飯もうまくなかった。

 その飯が、この上もなくうまくなった。
 又、電報で西部の部隊に天然痘が出た。「
 カクリヲナオ一ソウゲンカクニシ、二九ヒマデヤレ」と。

 二十九日までここに居ることになった。
 そこへ、小林曹長が来て、すぐ帰れと云った。
なにをまぬけたことを云っているのであろう、と思った。そのことを云うと、困った顔をしていた。

ざまみろと思っていると又来て、軍医大尉どののゆるしを得てきた、お前らはここに居ても、もう用事はないのだから、帰れと云った。ぼくは、ふたたび、目をとじた。

 吉沼村に移動演劇隊の慰問が来ていた。
米の供出が特別よかったからとのことであった。それを見ながら、ゆっくり帰ろうではないかと曹長が云った。見たくもなかったが、たとへ一分でものびた方がよいので、よろこんだ。

 帰り途、畑にはたらいている娘さんがあった。
その様子が、とおくから見ていても、非常にきれいであった。曹長は、なかなか女好きと見えて、なにやら冗談を云いながら近寄った。

ふりかえった。その首にちかりと光ったもの。銀の十字架であった。

 とうとうと流れている水も、ながめているとなかなかものすごいが、飛び込んでみると、さほどでもない。

と同じことで、中隊のわずらわしさも、さほど苦にならぬ。

・・・・・・・・・・・・・

小学校での別動作業が終わり、本隊に戻る。

移動の連絡に一喜一憂する浩三。命令に翻弄される一兵卒。

帰りに出会った美しい娘さんの十字架が印象的。映画的。浩三の妄想かな。
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by anzu-ruyori | 2012-04-19 10:05 | 浩三さん(竹内浩三)