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逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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ひぐらしのなきごえがこぼれてきた。ぼくは、びっしょりぬれていた。★竹内浩三★筑波日記

昭和19年 

7月13日 【木曜日】
 兵器ケンサやら、ヒフクケンサやらで、ごたごたしていた。
 夕方、銃剣術をしていたら、ひぐらしのなきごえがこぼれてきた。
 こぼれてきて、こぼれてきて、ぼくは、びっしょりぬれていた。

 7月14日 【金曜日】
 外出した。十一屋にあずけてあった『宮沢賢治覚え書き』を持って、バスにのった。

 ブドー酒にメイテイして、下妻の町にいた。本屋で、エミール・ウテッツの『美学』と云う本を二十センで買った。床屋で頭をかった。床屋に、岩波文庫のチェホフの『かもめ』があったので、売ってくれぬかと云うと、貸してやろうと云うので、かりてきた。

 ひとり、中学校の校庭へきて、桜の下で、本をひろげた。

 7月15日 【土曜日】
 体操をしていた。
 ひるから、銃剣術をしていた。汗であった。
 ひぐらしがないていた。朝熊山と父のことを、ひぐらしからおもい出す。

 7月16日 【日曜日】

   しぼるような汗になり、
   銃剣術をやり、
   くたくたになり、
   飯をがつがつくらい、
   水を一升ものみ、
   作業衣を水でざぶざぶゆすぎ、
   エンピをかついで穴ほりにゆく。
   砲弾のための穴で、
   タコツボと云い、中で広がっている穴だ。
   また汗で、
   また水をのみ、
   からだは、まっくろになり、
   こんなに丈夫になった。
   夕食をくって、
   はだかで、
   夏の陣の雑兵のようなかっこうで、
   けんじゅつをやり、
   ひぐらしをきいて、
   手紙をかくひまもなく、
   蚊にくわれて、
   ねている。

7月17日
 きょうはどう云うわけか、剣術をやりたくなかったが、朝おきると、すぐにやった。

 藤岡留吉という兵長が、朝めしを喰っているところへきて、
宮沢賢治の雨ニモマケズを知っていたら教えてもらえまいかと云ってきた。
通信紙に書いてやった。よろこばしいことであった。
 タコツボつくりに汗みどろ。

 ふんどし一つになっていると、汗がぼとぼととこぼれて、水をがぶがぶのみ、
カレーライスを喰らい、ラッキョをかじって、また水を飲んだ。

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 すっかり、夏になった筑波。ひぐらしをきいている浩三。
by anzu-ruyori | 2012-07-14 21:23 | 浩三さん(竹内浩三)