逡巡のとりどり@京都


by anzu-ruyori
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2018年2月7日水曜日 日本軍性奴隷問題の解決を求める水曜行動に参加しました。

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                             photo by Toshiya Morita

きょうのスピーチ 


私は左京区に住んでいるあんずといいます。 

毎月一回 ここで日本軍慰安婦問題の解決を求める街頭活動に参加しています


アジア太平洋戦争は、1945年に終わりました。

73年前となります。そんな昔のことをいっても仕方がないという人もいます。

でも、私はこの日本が戦争をしていたということを、忘れてはいけないと思います。

忘れると、同じことが繰り返されるからです。

ここ、京都にも72年前の今頃は、爆撃がありました。

私は訪問介護の仕事をしているので、高齢の方から戦争中のお話をたくさんお聞きします。

軍需工場で働いていた、コメの買い出しにいった、爆撃機におそわれた、お父さんが戦死したことなど、お聞きしました。


お話くださる方も、高齢ですから、直接 おききできる最後のときだと思っています。


そして、戦地では、「慰安婦」と呼ばれる女性たちが、いました。

私がお逢いした 韓国の カンイルチュルさんは、15歳のとき、警察に連れていかれて中国で「慰安婦」とされました。

戦争が終わっても帰ることができず、中国の病院で看護師として働いて、家族も持たれました。


カンイルチュルさんが、韓国に帰ることができたのは、2000年です。

戦争がおわって、55年も故郷に帰ることができなかったのです。

帰ったときには、家族は誰もいなかったといわれました。

今は、「ナヌムの家」というグループホームにおられますが、畑仕事をしておられます。



カンイルチュルさんは、私に「ずっと仕事をもって働きなさい」といってくださいました。

看護師として、誇りをもって働いてこられたからこその言葉だと思います。



私はこの間、ある性暴力被害にあわれた女性から、

日本軍「慰安婦」被害者のソンシンドさんの「俺の心は負けてない」という言葉に

力づけられたという話を直接 お聞きしました。


ソン・シンドさんは昨年、12月16日に亡くなられました。96歳でした。

慰安婦被害を名乗り出た日本で暮らすただ一人の女性でした。

ソン・シンドさんは、望まない結婚から、のがれてきたところを、仕事があると騙されて日本軍慰安婦にさせられました。

戦後、宮城県の女川でくらし東京の支援団体の協力で日本政府に謝罪と賠償を訴える裁判を提訴されました。

結果、慰安婦被害があったことは認められましたが、40年以上経っていたため訴えは、棄却されました。



ソン・シンドさんは裁判にはまけたけれど

「オレのこころは負けてない」

と力強くいわれました。


その言葉に、性暴力の被害を受け、裁判を戦っている女性が、力づけられたのです。


今、この日常にも、性暴力の被害にあっている女性や男性がいます。子どもたちがいます。

昨年、ハリウッド女優が性暴力を告発して、「Me too]というハッシュタグが、広まりました。

日本でもたくさんの「Me Too」があります。

私たちのまわりにも性暴力や抑圧、差別やいじめがあると思います。


70年前「慰安婦」とされた女性たちの証言と日本政府への謝罪と賠償を求める行動は

今の性暴力被害をうけた人たちを勇気づけるものでもあるのです。


2015年の日韓合意は、朴大統領と安倍首相との合意にすぎません。

アメリカ政府の意向が強く反映しているといわれています。


当事者である被害女性たちには、なんの相談もなく決まりました。

被害女性たちがもとめていたことは、何も合意されていません。

被害女性たちは、「二度と私たちのようなことがないように、教科書に記述すること」を強く求めていました。

今、日本の教科書に日本軍「慰安婦」の言葉はありません。


日本政府の誠実な対応を、私たちは求めています。


どうか、日本軍慰安婦問題を自分事として、関心をもってください。




















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# by anzu-ruyori | 2018-02-08 20:02 | 平和 自由 

小川未明の野ばら 

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ここは都からとおい、国境こっきょうであります。
そこには両方りょうほうくにから、ただ一人ひとりずつの兵隊へいたい派遣はけんされて、国境こっきょうさだめた石碑せきひまもっていました。
おおきなくに兵士へいし老人ろうじんでありました。そうして、ちいさなくに兵士へいし青年せいねんでありました。



   毎日顔をあわせていたふたりは次第に仲良しになっていきます。
   日がな一日将棋をしたり、同じ風景をみて心穏やかにすごしていました。
   ところが・・・


やがてふゆって、またはるとなりました。ちょうどそのころ、この二つのくには、なにかの利益りえき問題もんだいから、戦争せんそうはじめました。そうしますと、これまで毎日まいにちなかむつまじく、らしていた二人ふたりは、てき味方みかた間柄あいだがらになったのです。それがいかにも、不思議ふしぎなことにおもわれました。

「さあ、おまえさんとわたし今日きょうからかたきどうしになったのだ。わたしはこんなにいぼれていても少佐しょうさだから、わたしくびってゆけば、あなたは出世しゅっせができる。だからころしてください。」と、老人ろうじんはいいました。

     
    青年は、仲良しになった老人を殺すことなんてできません。
    戦争をしている北のほうに、いってしまいました。
    ひとり残った老人は、毎日青年のことを案じながらすごしていました。 

   小川未明「野ばら」より
  
    つづきは、青空文庫「野ばら」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

息子の公演が、近づいてきた。
題名は「未明」大正から昭和のはじめにかけて、活躍した童話作家、小川未明の作品がモチーフ。

「野ばら」を読んで、少しびっくりした大正時代にかかれたのに、まるで今の政情を暗示しているような寓話だ。
そして、20代の人たちがこれを選択したことに、複雑な気持ちがしている。
大正時代が大戦の狭間、日中戦争前夜であったように、今もそのような気配を彼らは感じているのだろうか。






【公演情報】
ユバチ#3『未明』

構成・演出:田中史明
演出・出演:飯坂美鶴妃、小倉笑、菅一馬、前田愛美、柳泰葉

原作:小川未明

日時
2018年
1月13日(土)15:00、19:00
1月14日(日)14:00
*開場は開演の20分前

会場
京都芸術センター

詳細
http://www.gekken.net/actorslabo/cn31/pg647.html


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# by anzu-ruyori | 2018-01-12 00:17 | アート
毎月第一水曜日は、日本軍「慰安婦」問題の水曜日行動 

今月1月は、第二水曜になりました。

ことしから、毎月の行動のとき、スピーチしようと思います。

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                                         PHOT by Toshiya Morita

2018 1 10のスピーチ原稿

こんばんは

私は左京区に住んでいるあんずといいます。 

毎月一回 ここで日本軍慰安婦問題の解決を求める街頭活動に参加しています。

以前、私はここで若い男性に「どうしてこんなことをしているのですか?」と
尋ねられたことがあります。

いま、ここを歩いておられるみなさんもそう思ったり、邪魔だなとか、
自己満足だなとか、自分には関係ないと思っておられるでしょう。

でもわたしには、日本軍慰安婦問題は関係あるんです。

私がはじめて日本軍慰安婦のことを知ったのは高校の図書館です。
40年くらい前です。

朝日グラフの太平洋戦争特集でした。

1ページ分の女性の大きな写真がありました。

明るい日差しの屋外で白い上質な西洋式のかわいらしい下着姿の女性が
カメラを堂々と見据えてポーズを取っています。

将校つきの慰安婦とキャプションがありました。
髪は日本髪だったかもしれません。

私は彼女が「カッコいいな」と思いました。

それから、30年ちかくたって、2004年、はじめて、日本軍による性暴力被害の女性の証言をききました。

夜中に家から連れ去られ列車に乗せられていくさまを詳細に話してくださいました。
トラジ(ききょう)の花が、ゆれているその光景を、私もみたような気持になりました。

兵隊が満載された船に数名の女性がのせられて、なにがあったか、
みなさん、想像してくださいといわれました。

そのとき、語ってくださった韓国のイ・ヨンスさんは80歳をこえて今も活躍されています。

この写真のソン・シンドさんは昨年、12月16日に亡くなられました。96歳でした。

慰安婦被害を名乗り出た日本で暮らすただ一人の女性でした。

ソン・シンドさんは、望まない結婚から、のがれてきたところを、仕事があると騙されて日本軍慰安婦にさせられました。

戦後、宮城県の女川でくらし東京の支援団体の協力で日本政府に謝罪と賠償を訴える裁判を提訴されました。

結果、慰安婦被害があったことは認められましたが、40年以上経っていたため訴えは、棄却されました。

ソン・シンドさんは裁判にはまけたけれど

「オレのこころは負けてない」

と力強くいわれました。

そのソンシンドさんが、2011 東日本大震災のあと、自宅が津波でながされて行方が知れないと
メールで知ったときの自分の心の動揺を今もよくおぼえています。

あんな酷い経験をして、いま、ようやく静かに晩年をすごしていたのに、最後の最後に津波で命を落とすなんて、
あまりにもあまりにも、理不尽すぎる。

まだ、日本政府に謝罪も賠償も実現していないのに、とどうしたらいいのか、立ち尽くしました。

幸い、数日後避難所におられることがわかり安堵しました。

偶然、その日はソンシンドさんの家の前の道が工事中で、
その工事の作業員さんがソンシンドをおんぶして避難してくださったそうです。

ソンシンドさんが、この日本でひとのやさしさに命をすくわれたことを本当によかったといまでも涙がでてきます。

慰安婦にされた女性の数は何千人いたか、わかりませんが、私はそのうちの何人かの勇気ある女性を知っています。

だから、慰安婦問題に私は関係があります。責任があると思っています。

わたしが、高校生のとき、カッコいいとおもった将校つきの慰安婦女性は戦後を生きることができたでしょうか。


ここで毎月一回街頭活動をして、誰かおひとりにでも慰安婦問題に自分も関係あるかもと思ってもらえたらいいなと私は思っています。

以上。
                                     

                  宋神道(ソン・シンド)さん


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# by anzu-ruyori | 2018-01-10 23:12 | 平和 自由 

友人が参加する 絵本ライブ 
ものがたりの世界にはいりこむ不思議な時間 

 
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2017.4.29(土)

春まっさかり!ちょこれっと絵本ライブ@丸善京都本店開催


春まっさかり!みなさまと共に、心躍るお話のたびへ。
絵本と音楽の玉手箱「ちょこれっと絵本ライブ」@丸善京都本店、開催です。
みなさまふるってご参加ください!


日時:2017年4月29日(土)
   ①14時から14時30分 ②15時から15時30分


場所:丸善京都本店(京都市中京区河原町三条下がる 京都BAL内)
   地下1階 児童書売り場

参加費:無料


http://kurinoki-note.sakura.ne.jp/index.html



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# by anzu-ruyori | 2017-04-26 23:17 | アート


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東北記録映画 三部作 「なみのこえ」「うたうひと」をみた。

「うたうひと」は、東北の民話を「語るひと」 と 「聞くひと」を 静かに撮影した作品。

私は、その姿に釘づけになった。「魂 もっていかれた」。ずっと きいていたいと思った。

「語るひと」は三人。
伊藤正子さんは、ちょっとこわそうなおばさん。
佐藤玲子さんは、ちっちゃなおばあちゃん。子どものころ「母ちゃん 昔かたって 昔かたって」といって聞いたお話を語る。
佐々木健さんは、70代の大きなおじさん。40代半ばになって、とつぜん子どもの頃にきいていたお話を思い出したそうだ。その大きな体の中にしみこんだお話が「あふれてきて」語りだしたという。

みなさんが100~200以上の昔話をかたることができるそうだ。

「聞くひと」は小野和子さん。40年以上にわたって、東北の昔話を収集されている。
その穏やかなまなざしと静かな声が、語るひとによりそっている。

この映画には語る人の言葉の字幕はない。「字幕があったほうがいいのでは」という人もいたが、私は不要だとおもった。
ききとれなかったり、方言が、わからなくて、お話がわからなくなっても、まったく気にならなかった。ただ、その語りにゆられているのが気持ちよかった。
きっと、子どもがおばあさんにお話をきいていたときも、よくわからない言葉があってもそれをいちいち尋ねることなく、語りのリズムにゆられてきいていたのだと思う。

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小野和子さんの「みちのく民話まんだら、民話のなかの女たち」を読んだ。(園部図書館 蔵書)
これは、小野さんがお聞きした民話を採録し、「あと語り」として小野さんの解説がつづく。

「うたうひと」でも語られている「猿の嫁ご」は、小野さんがはじめてきいた民話。

::::::::::::::::::::

「猿の嫁ご」

  むがすむがす 娘三人もった親父ぁいで、田さ水掛けにいったど。
  掛けても掛けても 水、溜まんねぇぐて、
  「これでは田植えもできねぇ。だkれか、この田さ水掛けてけねぇべかな。
   娘3人あるから、ひとりくれてやってもいいが・・・」って独りごと言ったっつも。

  したっけぇ、ほれ 山から猿ぁ 出はってきて、

 「おれ、水掛けて、いいあんべぇにしてけっから」って
  たちまち、さんぶりと水掛けてくれたどっしゃ。

:::::::::::

親父は猿に娘を嫁にやると約束してしまう。家に帰って 娘に「お前、猿のどこさ嫁ってけねぇが」ときくが、
上の娘も中の娘も いやだという。ただ、末娘が承知して、迎えにきた猿といっしょに山にいってくれた。

やがて 節句がきて 里帰りとなり、娘は猿に餅をついて親父さまにもってかえるという。
猿は、一生懸命 餅をつく。娘はその餅を臼ごと 猿に背負ってもってかえれという。
猿はよしわかったと、臼を背負って山をおりていく。途中、川っぷちの藤の花が見事に咲いている。

:::::::::::

「あらまあ たまげて美しいこたあ。この花採っていったら、おら家の親父つぁん、なんぼか喜ぶべなぁ」

「ほだら、採ってくべや」

猿は背負っていた臼を下ろすべとしたら、

「あらぁ、そだなどごさ置いたら、おら家の親父つぁん、土臭ぇつって、食ねべな。
 臼背負ったまんま、採ってござい」

っていうから、猿は、臼 背負ったまんま 藤の木さのぼっていったどしゃ。

「この枝、いいかあ」
木の上から聞くと 娘は
「もすこし上の、いいなぁ」
「んでぇ、こいついいかぁ」
「もすこし上の、もっといいなぁ もすこし。もすこし・・・」

猿は上へ上へと、のぼっていったれば、臼の重み、猿の重み、藤の枝、ぼっきんと折れて、下の川さ落って、そのまんま流れていったどしゃ。

流されながら、発句、詠んだっつもなぁ。

 猿川に落ちる命は惜しくない
 あったらお前を後家にするがや

娘はそれを聞いて
「ばか猿やぁ だれぇ 後家になるけやぁ」
って どっとと家さ帰っていったどしゃ。

 こんでよんつこもんつこ さけたどしゃ

::::::::::::::::::::::::::

面白いはなしだけど、流されていく猿が、あわれで、ちょっとひどい娘だなと思わないではなかったが、
おばあちゃんの「ばか猿あ だれぇ 後家になるけやぁ」がとってもうれしそうなので、笑ってしまった。

小野和子さんが、「猿がかわいそうね」というと、
語ってくれたおばあさんは、不思議そうな顔をして

「おれだってもやぁ、何べん 実家さ逃げてっ帰りたかったかしゃねんぞ」

と、16歳で「見たこともねえ」相手に嫁にきた苦労を語った。

小野さんは
「嫁ぎ先で、好き放題いい、猿を川につき落として『とっとと家さ帰った』という娘の行動は
おばあさんの現実には一度も叶えられなかった夢の実現だったのではないか」
と悟ったのだ。

民話は、ただの空想物語でなく、民衆の願望や心の解放や為政者への嘲笑や自然への畏敬など、土地と風土に育まれて長い年月に醸造されてきたものなのだ。

「食わず女房」と過食症の中学生のことや、がダルカナル島から生還したおじいさんの不思議な夢の話、まるで現代のスプラッターホラー「戸ぉ あけろ」のお話など、とても心にしみわたっている。


東北に民話をききにいかなくては!


小野和子さんの震災後の民話についてのお話は以下に。

明日への言葉 津波を伝える民話の力1↓
http://asuhenokotoba.blogspot.jp/2013/11/blog-post_7.html

明日への言葉 津波を伝える民話の力2↓
http://asuhenokotoba.blogspot.jp/2013/11/2.html



 









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# by anzu-ruyori | 2017-04-26 00:21 |

ことしも 桜が美しく咲きました。ありがたいことです。



でも、この世界は混乱のまっただ中。

「私にできることはいったいあるのか」と うづくまってしまいそうです。


そんなとき、今こそ なにかしよう という仲間がいました。

 

4月18日火曜日 午後6時半~8時 京都三条大橋で スタンディング ビジル(追悼)します。

さあ 一緒に立ちましょう 


以下、よびかけ文


☆彡

北朝鮮を攻撃しないで!
北朝鮮も挑発をしないで!
戦乱でのすべての死を悼みます!
三条大橋で18日夜にビジルをしましょう!

みなさん。世界で戦乱が続き、爆弾事件なども多発しています。
すでにシリアで、アフガンで、そしてロシアで、スウェーデンでたくさんの方が亡くなっています。


そんな中、アメリカが戦争政策をどんどん進めています。

なんといまは朝鮮半島にアメリカが空母打撃群を展開中。
北朝鮮が核実験を行った場合、攻撃が始まるかも知れません。

そのときに北朝鮮が反撃すれば、狭いアジアの各地で大変な戦乱が起こり、

たくさんの人が殺されてしまいます。私たちはその危機の前にいます。


トランプ大統領や金正恩委員長の判断で、アジアのたくさんの人の命が奪われるなんてごめんです。

またこれ以上、世界で戦争や爆弾攻撃で、人が殺されることもごめんです。


アメリカは戦争をやめて!
北朝鮮を攻撃しないで!
北朝鮮も挑発をしないで!

この言葉を叫ぶとともに、この間の戦乱で亡くなったすべての方の命を悼むために緊急にビジルを行います。

ぜひご参加ください。


参加にあたっては各自、プラカードとろうそくをご用意ください。
橋の上は風が吹くのでろうそくはガードがあった方がよいです。
一番いいのはペットボトルで作ることです。
緊急なのでこちらで用意できません!よろしくお願いします!


4月18日午後6時半~8時
三条大橋にて(京阪電車出口付近に集合)


主催 ピースウォーク京都


なお小雨の場合は行いますが雨が強くなる場合は中止します。


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# by anzu-ruyori | 2017-04-17 19:43 | 日々ログ

ブログ10年! わあ~ 

きょう、気が付いたらこのブログの10周年がすぎていた。
2006年1月からはじめたのであった。

長いことお世話さまです。
見てくださっている方々、そしてエキサイトブログさん ありがとうありました。

このごろは、更新もおそくて ほぼ放置状態ですが、
10年前は、結構いろいろ書いていて、読み返すと忘れていたあれこれが
散乱しているのであった。

ちなみに一回目は鏡餅↓
http://miteikou.exblog.jp/253447/

10年前の私は、今の私とぼぼ変わらないようで、やっぱり変わっている。
繊細さがなくなっている気がする。いろんな意味で。

ていねいに死ぬまで生きていきたい。

今よんでいる本
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2015年9月刊 大月書店 

竹内浩三は、伊丹万作の弟子だったのかどうか!
残された文章と証言、そして想像力で検証されていく。
浩三さんも喜ぶ愛ある一冊。


最近みてきた作品展 
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Co-jin Collection[コジコレ]
会 期|2016年4月6日(水)〜5月8日(日)
10:00〜18:00(月曜定休)

場 所|art space co-jin
(京都市上京区河原町通荒神口上ル宮垣町83 レ・フレール1階)

出展作家(50音順・敬称略)|井上潔、井上広美、大柳憲一、金田尚子、金井幸枝、林川幹雄、小松満雄、瀬戸口友代、玉田雄気、中川淳、中塚季子、長岡麻里奈、長谷川栄子、森田仁美


しょうがいのある人たちの作品展です。
すばらしい!必見です。

会期中にまたいきます。


あと20年はつづけていたいな ブログ「未定稿」 

さあ 書くのよ。
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# by anzu-ruyori | 2016-04-16 22:40 | 日々ログ

誕生日につき・・・

数年前から、誕生日には実家に電話する。

「おかあちゃん、私を産んでくれて ありがとう」




 うさぎ         まどみちお

うさぎに うまれて 

うれしい うさぎ

はねても

はねても

はねても

はねても

うさぎでなくなりゃしない 

  

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これをいつも、うさぎを「わたし」に変えていってみる。



わたしにうまれて 

うれしいわたし

はねても

こけても

凹んでも

わたしでなくなりゃしない(^O^)


53歳になりました。

健康です。ありがとう。

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ソウル 曹渓寺(チョゲサ)のホライ(虎) 
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# by anzu-ruyori | 2015-12-14 18:33 | 日々ログ
韓国ツアー 3日めの午後は、ソウルにもどって「戦争と女性の人権博物館」へ

ずっと、募金をあつめていたので、正直「いったいいつできるのだろう」とおもっていたが、2012年5月に完成!

決して大きくないが、かえってそれがとてもよく活かされる 
被害にあった女性たちの心によりそう博物館になっていると感じた。

戦争と女性の人権博物館 ↓

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少し、きつい坂道をのぼったところに 小さな入口がある。この小ささがいい。
(長野の無言館の入口も小さかったことを思い出す)

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館内は、日本語音声解説がある。展示の最後に「少女像」が。
「どうぞ少女と話してみてください 少女の声にみみをすませてください」という意味で、
となりの席が空いている。
  
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たくさんの資料の中に、日本人軍人のちいさな手帳があった。鉛筆でちいさな文字が縦書きにしるされている。



○月○日 

きょうは楽しい外出日。

石川といっしょに まづ、朝鮮征伐にいく。

次は、支那征伐だ。一番乗りだった。




手帳には、軍服姿の写真もそえられている。
貴重な記録を提供されたご家族に感謝したい。




企画展示では、「解放をまつ女性たち」と題して、ベトナム戦争での韓国軍による性暴力被害があきらかにされていた。

2015年4月に被害者が韓国を訪れ、水曜デモに参加で 日本軍「慰安婦」被害者たちと出会った。

「私たちは、アジアの戦争が生んだ同じ被害者だと思います。あの方たちは日本軍の被害にあい、私たちは韓国軍の被害に遭ったということです」




この日の夜は、ふぇみんと提携しているインターネット新聞のイルダの記者たちとの韓定食を食べながら交流。30代の女性たちがスポンサーなしで運営している気鋭のジャーナル。
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   http://www.ildaro.com/index.html


「韓国では日本に平和のイメージはまったくない。しかし『日本の国民』には期待している。」という発言が印象に残った。

 会食中、40代前半の女性が来年、広島と屋久島への旅行を計画しているという。
なぜ、屋久島かときいたら、「山尾三省さんの著作を読んだから」と。韓国で三省さんの名をきくとは!

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4日め 尹東柱文学館

2012年7月に完成した「尹東柱文学館」

ここも決して大きな施設ではないが、尹東柱の精神性が表現されていてとてもよかった。
この地は尹東柱が小説家金松の家で文友の鄭炳昱と共に下宿生活をしたゆかりの地で、「星を数える夜」「自画像」「たやすく書かれた詩」など代表作とも言えるこれらの作品はこの時期に書かれたと言われています。」
visit korea より引用)

文学館が出来る前から「詩人の丘」と呼ばれていたそうだ。

建物はなんと高台の住宅地のための上水道の加圧場と3つの水タンク。
女性建築家の設計で、鎮魂と追悼の場所としてうまれかわっている。


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観光バスは、青瓦堂(大統領府)見学の観光客のもの。ハイキングの人も多い。
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3つあった水タンクは、一つ目が展示室「詩人の棟」
↓二つ目は天井をあけて中庭「開かれた井戸」
    三つの水タンクは「閉ざされた井戸」拘置所の中のイメージ (映像鑑賞)
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    韓国アート散歩さんのブログより 雪の尹東柱文学館の写真がすてきです。
        http://koreart.exblog.jp/19619602/


展示室には、尹東柱の生家の井戸が展示されている。

  尹東柱にとって「井戸」は大切なキーワード


「自画像」      

 
山の麓をめぐって 田んぼのそば ぽつんとある井戸を
ひとり尋ねて行っては、そっとのぞいて見ます。

井戸の中には、月が明るく、雲が流れ、天(空)が広がり、
真っ青な風が吹き、秋があります。

 そして ひとりの男がいます。
 なぜかその男が憎らしくなって、帰って行きます。

 帰ってから考えると、その男がかわいそうになります。
ふたたび行ってのぞいてみると、男はそのままいます。

 またその男が憎らしくなって、帰って行きます。
 帰ってから考えると、その男がいとおしくなります。

 井戸の中には、月が明るく、雲が流れ、天が広がり、
真っ青な風が吹き、秋があり、
追憶のように 男がいます。

1939年9月           訳詩 井田 泉牧師



↓ 井田泉牧師のブログより転載させていただきました。
http://blog.livedoor.jp/izaya/archives/50696382.html

当時の韓国キリスト教会の状況についての資料も掲載されています。

井田牧師は、君が代ピアノ伴奏拒否裁判(東京地裁2015年10月判決)に陳述書意見書 を提出されている方です。キリスト者として論理的な拒否理由をのべられていて感服しました。

私は以前、井田牧師と京都宇治での尹東柱追悼集会で詩の朗読をごいっしょさせて頂いたことがあります。

 

11月25日のニュース↓

【ソウル聯合ニュース】ソウル・鍾路区は24日、区内にある尹東柱(ユン・ドンジュ)文学館が国家報勲処の顕忠施設に指定されたと明らかにした。 
同館は国民的詩人・尹東柱(1917~1945年)の記念館。
尹東柱は日本に留学し同志社大に在籍中、ハングルで詩をつくったとして治安維持法違反の疑いで逮捕され、1945年2月16日に福岡刑務所で獄死した。 

尹東柱が学生時代に同区内に下宿していたこともあり、2012年7月に水道加圧場の跡地を利用して同館は開館した。
写真や原稿、関連する映像物など133点が展示されている。 

顕忠施設に指定されたことで、施設の改修や補修、顕忠施設であることを示す案内板の設置にかかる費用の一部が国費から支給される。
2015年11月24日15時3分配信 (C)YONHAP NEWS
http://www.wowkorea.jp/news/korea/2015/1124/10156102.html


文学館をあとにして、ホテルにもどり、空港へ。

初日の仁川、ナヌムの家、戦争と女性の人権博物館、そして尹東柱文学館には、ぜひ、来年中にもう一度訪問したい!とおもっています。

ご同行のみなさん、ふぇみんのみなさん、現地ガイドさん、旅行社 たびせん・つなぐさん ありがとうございました。

いい旅でした。宿題いっぱい。















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# by anzu-ruyori | 2015-12-01 00:07 | 平和 自由 
韓国ツアー 3日目

ソウルを出て、郊外の高層マンション群と連なる岩山 紅葉を みながら 護政府市(ウィジョンブ市)へ


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米軍基地村とトゥレバン 


2014年6月 
1960年代~70年代に米軍基地村で性売買をおこなっていた女性122人が「外貨を稼ぐために
国が介入して『公娼』のように女性たちに性売買をさせ、定期的に性病検査をするなど、『管理』をおこなってきたことは違法だ」として提訴した。(ふぇみん2014年4月25日号)

ことし9月第6次弁論では、証人のキム・ヨンジャさん(73歳)が25年にわたる米兵を相手にいた屈辱的な体験を証言した(ふぇみん 2015年11月25日号)


基地村で働く女性たちの「相談、余暇、カウンセリング、就労支援」をおこなうNGO団体「トゥレバン」(英名 MY Sister`s Place)  

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トゥレバン 두레박  の直訳は、「井戸のつるべ」 井戸の水を組むための綱と桶だという。
なんて詩的な命名だろう! 女性たちの心の井戸につるべを落として気持ちをくみとる場所だ。


入口 チマリョゴリの女の子たちの絵がかわいい。ここは、なんと 2000年まで「性病検査をおこなう施設」だったそうです。
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素敵な壁画のある玄関ホール  絵画によるカウンセリング、セラピーもおこなわれている
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↑ 米兵がやってきたので、あいさつしてみた 
私「HELLO ~」 

米兵「アンニョンハシムニカ~」

私「 We are Japanese! 」

米兵「こんにちは ありがとう!」


沖縄にもきていたのかな~

女性兵士の姿もみました



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↑これはめずらしい 練炭 연탄  がいっぱい! 
日本では、まったく見られなくなった練炭が、韓国の屋台では活躍していた。
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昼食は、基地村の入口の食堂で「プデチゲ」(部隊鍋)キムチチゲに
ソーセージが入ってる!(かつて米軍基地の払い下げ品だったから)
インスタントラーメンを煮込む


トゥレバンの所長、ユ・ヨンニムさんは、「これは軍国主義をなくすための活動、国のために軍隊はある。」といわれた。教会の信徒活動のひとつとして基地村の女性支援をはじめられたそうです。
「性売買がドイツでは2000年に合法化されたというが、実際に政府登録した人は3人だけ。結局、国が国民を守る責任を放棄したこととなる。
ポイントは、自ら性売買を生活の糧に選択したとしても『やめたいと思ったときにやめられるか』だ」といわれた。

韓国米軍基地村で生まれた米兵との子どもたちが、70年~80年に国家事業として海外養子縁組されていったことも大きな問題だ。


基地村で働く女性たちと子どもたちのことが、韓国の女性監督による映画となっている。

3本とも以前みたが、かなり詩的で哲学的で、難解。現地を訪問して今また、みてみたいと思う。


蜘蛛の地
http://www.yidff.jp/2013/ic/13ic13.html

アメリカ通り
http://www.yidff.jp/2009/cat043/09c060.html


「女性と孤児と虎」
http://wan.or.jp/article/show/1974 ← 岡野八代さんの映画評








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# by anzu-ruyori | 2015-11-30 17:20